【平場の月】
- 鑑賞日 2025/11/14
- 公開年 2025
- 監督 土井裕泰
- 脚本 向井康介
- キャスト 堺雅人、井川遥、大森南朋、成田凌、吉瀬美智子、中村ゆり、安藤玉恵、坂元愛登
- あらすじ 妻と離婚し、故郷の埼玉に戻って印刷会社で働く50歳の青砥健将(堺雅人)は、病院の売店で中学時代の同級生・須藤葉子(井川遥)と再会する。かつて思いを寄せていた彼女もまた、夫と死別し、孤独を抱えて生きていた。人生の後半戦に差し掛かった二人は、互いの過去や現実(病気や介護など)に向き合いながら、静かに、しかし深く心を通わせていく。朝倉かすみの山本周五郎賞受賞作を映画化した、等身大の大人のラブストーリー。
- ジャンル 日本映画 ヒューマン ドラマ ロマンス
- 鑑賞媒体 映画館
- お気に入り ◎
感想
「一緒に居てくれる人がいるって、当たり前じゃねぇからな」
劇中で発せられるこの言葉が、鑑賞後もずっと胸の奥に居座っています。 痩せたうなじ、二人分の食器を一人で洗う背中、予定の書き込まれていないカレンダー、そして夜空に欠けた月……。 孤独という、形のない、けれど確実にそこにある重いものを、この映画は「演出」という手練手管で、言葉以上に雄弁に突き刺してきます。
本当に、良い映画でした。 40代の今、このタイミングで観ることができて、本当によかった。
40代と50代の狭間で感じる「距離感」のリアル
この作品は、観る年代によって評価が大きく分かれる気がします。 10代、20代がこの世界観に触れる機会は少ないかもしれませんが、もし観たとして、50代の男性が何十年ぶりかに会った同級生の女性を当たり前のように「お前」と呼ぶ距離感に、かなり違和感を抱くかもしれません。
40代の僕は、そうした男女間のアップデートされるべき価値観の狭間にいて、必死に現代の感覚に付いていこうとしている最中ですが、久しぶりに再会した同級生に対して、いきなり「お前」と呼べてしまう50代特有の関係性が、滅茶苦茶リアルに描かれていて苦笑いしてしまいました。
堺雅人さんという役者でなければ、かなり嫌悪感を持たれておしまい、だったかもしれません。
「みんな色々あるよな」という肌感覚
50代まで人生を歩んできて、何も起きなかった人なんて、きっと一人もいないはずです。 子育て、親の死、介護、友人との軋轢、仕事のストレス、あるいはDV、虐待、いじめ、自死……。 10代や20代の頃は、こうした不幸に見舞われると「どうして自分だけが」と悲嘆に暮れてしまいがちです。
けれど、40代、50代と重ねていくうちに、うっすらと肌感覚で分かってくる。 「みんな、何気ない顔をして日常を過ごしているけれど、きっと裏では色々なものを抱えて、大変な思いをしているんだろうな」と。それはチャランポランに描かれていたあの同級生を見て、そう思えるか思えないかが、この映画に共感できるかどうかの分水嶺な気がします。
「自分だけが辛いんだ」という甘えは許されなくなり、むしろ他人の困難を知ることで、自分の境遇を矮小化してバランスを取ろうとさえする。だからこそ、この映画の二人が保つ「距離感」には、痛いほどの共感がありました。
自分の過去を切り出すタイミング、場所、温度感。 武勇伝のように語るのではなく、自虐と恥ずかしさを混ぜて差し出す。 そして、聞く側もそれを笑わず、馬鹿にせず、かといって安易な共感も示さない。 ただ静かに「そうか……色々あったんだな」と寄り添う。 そんな人だからこそ、安心して隣にいられる。 この50代ならではの感情の機微が、本当に素晴らしかった。
ここで「俺の方が苦労した」なんて語り出す「嫌なオジサン」になってしまえば、人は離れていく。自分も気をつけよう、と襟を正す思いでした。
圧倒的なシークエンスと、自立した二人の結末
上映中、ずっと抑え込まれていた感情が、最後の最後に解き放たれる青砥のあのシーン。 監督も役者も、すべてをこの瞬間のために積み上げてきたのだと感じさせる、圧巻のシークエンスでした。まさに俳優冥利に尽きる瞬間だと思います。あんなの見せられたら、そりゃ泣きますって!
また、二人の関係性が「共依存」ではなく、それぞれが人生の挫折を経た上での「自立した支え合い」である点も心に響きました。 須藤さんのあの選択は、孤独を受け入れた上での、究極の自立です。寂しいという感情を抑え込んで、どれだけの人があの選択をできるでしょうか。
家庭環境が影を落とす人生を、長い年月をかけて消化し、認め、諦め、振り回されながらも、その上でどう生きるか。自分なりの落としどころを見つける姿は、あまりにもリアルでした。それに伴う代償も…
誰の周りにも溢れている、普遍的な物語
今作は恋人同士の物語ですが、これは親、兄弟、友人、あるいは一緒に暮らす猫や犬など、大切なものとの「別れ」を経験するすべての人に通じる物語です。
映画の主人公だから特別な二人がいるのではなく、彼らの挫折も死も、僕らの日常のすぐそばに溢れているもの。 だからこそ、あの人も、この人も、みんな何かしらを経験して今を生きているんだなと、少しだけ背中を押されたような気持ちになれました。
それから、二人のキスシーン。 官能的でも青春でもない、あの「なんとも言えない気まずさ」の描写がすごかった。 経験がないわけではないけれど、あまりにもご無沙汰で、かといって照れてしまう程の初々しさも情けないし、開き直れるほどの割り切った関係でもない…。観ているこちらが共感性羞恥で赤面してしまうような、生々しい「50代のキス」でした。そしてそれを乗り越えた後の朝の二人の表情は、本当に美しかった。いやあ、自分が同じ立場でも絶対ああなると思います(笑)
余談ですが、青砥の元妻・吉瀬美智子さんの配役も絶妙でした。須藤さんと同じく気が強い美人で、青砥の初恋のこじらせっぷりが透けて見えるようで笑っちゃった。
完璧な余韻、星野源さんのエンディング曲
最後に、星野源さんによる書き下ろしのエンディング曲。 映画として、これ以上ない理想的な終わり方でした。ラストシーンからの歌詞の入り方、その後の余韻は尋常ではありません。 すべての映画が、このように作品に寄り添った書き下ろし楽曲を持っていたら、どれだけ完成度が跳ね上がるだろうかと思わされる、見事なお仕事でした。
素晴らしい映画。ぜひ、大切な人を思い浮かべながら観てほしい一本です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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