【映画レビュー】「恋愛裁判」/アイドルという「虚構」を剥ぎ取り、「尊厳」を取り戻す傑作ドラマ

映画

【恋愛裁判】

  • 鑑賞日 2026/01/28
  • 公開年 2026
  • 監督 深田晃司
  • 脚本 深田晃司
  • キャスト 齊藤京子、倉悠貴、仲村悠菜、小川未祐、今村美月、桜ひなの、唐田えりか、津田健次郎
  • あらすじ 人気アイドルグループ「ハッピー☆ファンファーレ」のセンター・山岡真衣は、中学時代の同級生・敬と再会し、恋に落ちる。しかし8ヶ月後、彼女は所属事務所から「恋愛禁止条項」の契約違反として訴えられ、裁判所に召喚されてしまう。「恋愛禁止」というルールを破ったアイドルの裁判を通して、華やかな芸能界の光と影、そして個人の自由とルールの狭間を描く社会派ドラマ。
  • ジャンル 日本映画 ドラマ ロマンス 
  • 鑑賞媒体 映画館
  • お気に入り ◎(×、△、〇、◎の四段階)

感想

アイドルの恋愛沙汰を裁判にかけるというセンセーショナルな題材ですが、その実態は一人の少女が大人へと成長し、巨大な権力と戦いながら自らの「人権」を取り戻していく、最高に面白い人間ドラマでした。

残念ながらアイドルの造詣は深くないですが、そんな僕みたいな人こそ最高に楽しめる作品でした。

前編の主人公の恋愛にいたるまでの過程が、ちょっと間がタルかったり全体の演技が心許なかったりで不安でしたが、裁判パートに突入すると加速度的に面白くなっていきます。まさに前半は私たちが想像するアイドルの「表面」で、後半はその「裏面」という感じでした。

40代の認知に優しい、計算された「アイコン」

演者の方々には本当に申し訳ないですし、若い人には「何を言ってるんだこのジジイ」と怒られると思いますが、40代になって本当に、驚くほどに、若い芸能人の方々の顔の見分けがつかなくなっております(泣)

それは皆様の個性が無いというわけではなく、完全なる認知の衰え、情けない老化であります。昔、父親が同じようなことを言っていて全く理解できなかったのを覚えていますが、おとん、ごめんよ…。

なので、今作は僕のような層にも監督が気を使ってくださったのか、金髪の方、ツインテールの方、メッシュの方、ポニーテールの方と、ものすごく分かりやすい「アイコン」を用意してくれていて、とても物語に没頭できました。メンバーカラーってこういう所で大事なんですねぇ。

完璧な演出が語る「虚構と現実」

全編を通して、監督の演出がとにかく素晴らしい。

きらびやかなアイドルグループがファンの熱狂に包まれ華麗に歌い踊る中、カメラが引いていき、機材席にスライド、そこに小さくアイドル達が映るモニター越しに、静かに「恋愛裁判」というタイトルが浮かび上がる。「全てはモニター越しに見ている虚構なんだ」と突きつけるスタートは完璧でした。今作も「タイトルバックのタイミングが完璧シリーズ」に追加です!

他にも卓越した演出を上げれば、枚挙に暇がありません。

・車内での赤信号でのキス、青信号に変わって後ろから鳴らされるクラクションとはにかむ二人。その煽りが暗喩する二人の未来。

・研ぎ澄まされた本音をぶつける、逆光の中で真っ暗に沈む彼女の表情。

・彼氏が二回見せる大道芸の落差、それを見た主人公の決意。

・売れっ子になった元メンバーの大きな看板が目に入るが、それがバックミラーで小さくなっていくことの意味。

もう挙げればキリがなく、いちいちこうした計算され尽くした演出が超気持ち良いです。特に「主人公がスマホに向かって実況配信している時に、彼氏が後ろで何をしているのか」このシーンは圧巻でした。なかなか他の映画で見ることのない演出で、もうね、やられたー!座布団10枚持ってきてー!と、物凄く感動しました。そしてね、そのシーンが滅茶苦茶クライマックスで効いてくるんですよねぇ。

舞台設定に込められた残酷な「暗喩」

お忍びデート先が「動物園」という設定もすごいです。いつも見られる側のアイドルが、檻の中の動物を見る側へ。否が応でもがんじがらめの自分を重ね合わせてしまう、その残酷さ。その動物たちが当たり前に持っている三大欲求(食べること・寝ること・子孫を残すこと)あるがままのその姿を、それが叶わない好きな人と群衆から隠れながら眺めているという歪さ。初っ端からものすごい暗喩をぶち込んできます。

夢を追いかける物語と東京の夜景も本当に相性が良いですね。僕も地方出身で漫画家を目指して上京した時は、摩天楼の光に魅了されたものです。その足元に広がる暗闇を知らずに…。

また、元メンバーの実家に行く場面があるのですが、千葉県の駅から遠い長閑な田舎で、それはそれは素朴な部屋でした。「うちの実家じゃん!」と、僕を含めた地方出身者は誰もが思う超リアリティです。そりゃここで育って、煌びやかなアイドルを見たら、その裏に潜む危険性とかわからず無条件に憧れちゃうよなぁ、と何とも言えない気持ちになりました。

日本のアイドル業界という特異性

つくづくこの映画を見て、日本のアイドル業界の特異性におののきます。アーティストが恋愛をして裁判になるなんて、海外では聞いた事がないのではないでしょうか。そこで命をかけている人もいるし、救われているファンも大勢いるでしょうから下手なことは言えませんが、やはり僕のような外野からは、大人たちが少女たちの処女性を売りにして、搾取して、大儲けしているという図式に見えてしまいます。じゃないと「恋愛禁止」を契約書に盛り込むなんて業界はあり得ません。

この映画はその辺の批判もしっかり描いていて、この巨大マーケットに対して大したものだなと感心しました。もちろんアイドルの存在を全否定するような視点でもないですし、絶妙なバランスだったと思います。

さらには僕の様なライト層のイメージとは違って、ライバルが足を引っ張り合ったり、同メンバー同士の確執が酷かったりと、枕営業が横行してたりと、その様なドロドロはほとんどありません。ひと昔前なら「そんな綺麗ごとばかり〜」と訝しがっていたと思いますが、SNSで一瞬でボロが拡散されてしまう時代、良くも悪くもこれが今のリアルなのだと感じました。

本来、僕たち側が見られない控室、個人配信の俯瞰姿、特典映像の撮影風景など見られたのも面白かったです。常にカメラに追われ続ける主人公の、「私の恋愛は過失でした」のセリフは秀逸すぎる。

「個」を廃した群体としてのファン

この映画ではアイドルファンたちは徹底的に個を廃した「群体」として描かれています。それは事務所社長やアイドル自身たちからもそのように映っていて、彼らには人格やバックボーンは一切用意されておらず、恐ろしいまでの無個性モブとして配置されているのです。

なんせ、身を挺して凶刃からアイドルを救った男性も、数いるファンの一人として片付けられ、名前も知られず、だけでなくその日その足で当のアイドルはイケメンの元へ逃避行するのです。「これ、ファンの方々が見たら辛すぎるやろ!」と思ったのですが、ここまで顔のない群体として監督があえて描いたのを、僕は勝手にこう推察しました。

それこそが「アイドルファンとしての矜持」なのではないか、と。

アイドルファンというのは、自らの私利私欲や人格を廃して、みんなで推しのアーティストを応援するのが素晴らしいことなのであって、たとえアイドルを守って怪我をしたとしても、それで自分一人に好意を持って欲しいとは思わない。あくまで自分たちは貴方のアイドルとしての活動が純粋に好きで、スターに成長して欲しいのだと、そこに矜持を持っているのではないかと想像しました。

そこで人格を持ってしまうと、独り占めしようと襲ったあいつみたいになってしまう、そんな奴はアイドルファンとして失格なのだ。だからこそ、だからこそ!自分たちがそこまで個を廃して応援しているからこそ!そちらも個を廃して、「私」としての恋愛なんかせずプロのアイドルに徹してくれよ、夢を見させてくれよ、ということなのかなと思いました。

自我を殺した自己犠牲で応援するファンと、自我を殺した自己犠牲で応えるアイドル。この関係性があって初めて両者のビジネスは成り立つのだなと、この映画で思いました。そのための「恋愛禁止」の契約書。なので、自我を持って襲ってきたファンを目の当たりにした主人公は、己も初めて自我を復活させて好きな人の元に行こうと決めたのかな、と…

夢の終わりと、その先の現実

翻って彼氏の自我は最終的にはどうなったのか。その選択はめちゃくちゃ切なくて良かったです。あの配信の時に自分で作った壁を、彼はついぞ乗り越えられませんでした。初めて会った時は、細い紐一つで天に上れるほど気高い人だったのに……。

アイドルという夢を捨ててまで恋愛を選んだ結果、「ロミオとジュリエットのその後」という流れが、アイドルの理想と現実を示唆していて実に興味深いです。かつての栄光の場所だったステージと、横にいるのは昔ほどのトキメキがない彼氏。そのリアルすぎる現実が、もう見ていて辛すぎます。そうなんだよな、物語はいつだってハッピーエンドだけど、現実はその先がずっと続くのです。

主人公がつぶやく「もう恋愛は当分いいわ」の台詞に、思わず劇場で「ふはっ!」と笑い声が漏れてしまいました。「そりゃそうだよねぇ」というとてつもない共感と、少女が大人の女性になった瞬間の素晴らしい名台詞でした。

アイドルという市場

がならず、怒鳴らず、泣き叫ばず、終始冷静に落ち着いたトーンで物語は進み、僕はそのテイストが大好きでした。大雨の中濡れずに反対側の屋根の下に移動するシーン最高!悲劇のヒロインぶって雨の中濡れてキャンキャン叫ぶ演出はウンザリです。実際パートナーと本気で喧嘩する時って、そんなに声を荒らげないし、逆にそれがめちゃくちゃ怖いんです(泣)。

また、アイドルファンを舞台装置としての悪者としても描きません。よくあるニュースで「犯人の部屋にアイドルのポスターが貼ってありました」のようなステレオタイプな偏見は一切ないのです。同様に事務所の社長も単純な頭の弱い悪役には仕立て上げていない。あくまで彼も資本主義の合理性のもとで動いているだけ。演出同様人間ドラマも、幼稚な二元論に仕立て上げてなかったのが素晴らしかったです。

そうした安直な分かりやすさに逃げずに、巧みな手練手管の演出で全編伝えてくれる誠意ある傑作でした。可能であれば、いつか色恋を売りにしない形での興行ができる市場になるといいな…。


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