【人間標本】
- 鑑賞日 2025/12/22
- 公開年 2025
- 監督 廣木隆一
- 脚本
- キャスト 西島秀俊、市川染五郎、宮沢りえ、伊東蒼、荒木飛羽
- あらすじ 盛夏の山中で6人の美少年の遺体が発見される。自首したのは、蝶研究の権威である大学教授・榊史朗だった。彼は「美を永遠に留めたい」という狂気的な執念から、最愛の息子を含む少年たちを殺害し、「人間標本」へと変えていた。なぜ彼はそのような凶行に及んだのか、複数の視点から事件の真相と人間の業を描き出す。
- ジャンル 日本ドラマ ドラマ サスペンス
- 鑑賞媒体 アマゾンプライムビデオ
- お気に入り △(×、△、〇、◎の四段階)
感想
湊かなえさんの衝撃作をドラマ化した『人間標本』。 「美のために命を奪う」という非常に重く、かつ挑戦的なテーマを扱った本作でしたが、映像美や演出のこだわりを強く感じた一方で、物語の受け取り方においていくつか考えさせられるポイントがありました。
視聴後に感じた率直な感想を整理しようと思うのですが、批判的な内容もあり面白く感じた方には不快にさせてしまうかもです。申し訳ありません。
映像で「至高の芸術」を納得させることの難しさ
美術品をビジュアルで魅せる際、その凄さを映像だけで伝えるのは至難の業です。小説であれば、読者の脳内で無限に美術品の価値を創造できますが、映像だとどうしても「模型感」が陳腐に映ってしまうリスクがあります。
そのため、作品の価値を支えるには「周囲のリアクション」が不可欠だと個人的には思います。漫画のモブがよく叫ぶ「アイツとんでもねぇ強さだ!」的な存在ですね。今作で言えば、美術界が震撼する、模倣犯が出る、何兆円ものオークションが発生する……といった事象が描かれて初めて、その作品の圧倒的な価値が伝わると思うのですが、しかし、社会と繋がっていてそのリアクションを担っていたのは、ほぼ刑事だけでした。彼も道徳的な説教をするだけで、人間標本自体の評価には言及しません。
ビジュの迫力だけですべてを伝える事は本当に困難で、それは映画【BECK】でどれだけ無理筋か叩きつけられました。漫画ではテキストで表現できる「物凄く上手な歌声」を、映画では「歌唱部分だけオルゴールの様なBGMで表現する」という苦肉の策で乗り切ってました。どうしようもなかったのだな、と同情すると同時に、それでさえ、オーディエンスが感動して涙する、というリアクションがあったのでなんとか成り立っていた訳です。
今作はその社会的なリアクションが皆無な結果、人を殺してまで表現したかった「人間標本」の凄みが十分に伝わりきらず、狭い世界で登場人物たちだけが葛藤して事件を起こしているような、観客を置いてけぼりにした印象を受けてしまったのが勿体なかったと感じます。身内だけでアイツスゲースゲーって言ってるような、世間知らずな美大生の様な陳腐さを感じてしまったのです。
「人を殺して作品を作る」という発想への違和感
その流れに付随しますがもう一歩深掘るとして、作中では、あの標本が「至高のもの」として全肯定されていましたが、少しでも絵を描いたり物を作ったりした経験がある人からすれば、また違った見え方になるのではないでしょうか。
「本当の人間を使えば素晴らしい芸術ができる」という発想は、ある種、王道の才能で勝負できなかった者の「逃げ」のようにも映ります。誰か一人くらいは「それはただの殺人であり、芸術としての敗北ではないか」と批判する人物がいれば、もう1レイヤー深まった話になりそうなのですが、そこで止まっていました。市井の人々の「これは犯罪なのだから美しいと思ってはいけない、でもどうしても惹かれてしまう」という僕ら目線の苦悩は排除され、制作者の葛藤のみに特化しているのが勿体無かったです。
プロットと演出、そしてミステリとしての構成
物語のプロット自体はシンプルなので、本来は2時間の映画で十分な内容ではないかと感じました。リッチな絵面と重厚なフィルターは素晴らしいのですが、無駄に間の長い演出が続く点は好みが分かれるかもしれません。
ミステリとしての「どんでん返し」も、少し驚きに欠ける印象で、序盤から伏線を散りばめてひっくり返すというよりは、チャプターごとに新しい要素を順番に提示していく流れです。
Aが殺人を犯しました⇒実はBでした⇒いえいえ実は実はCなのでした、という展開は、時系列を入れ替えたり読者が推理できる要素を散りばめた上で成り立つものだと思うのですが、順番に提示されていくだけなので、あ、そうなのね、で終わってしまう印象です。
興味を惹かれた「少年たちのトラウマ」
一方で、被害者の男の子たちの裏面が一つずつ明かされていく下りは非常に面白かったです。 「嫌な奴だな~」としっかり思えるリアリティがあり、特に「薬に頼って才能があると見せかけていた男の子」のエピソードには強く惹きつけられました。
「人間を標本にしたい」という単純な中二病的なサイコパス像よりも、「薬に頼ってまで周囲に評価されたい」とあがく姿の方が、よほど葛藤の深みがあり、表現者としての闇を感じます。社会とのつながりも強く、この少年が人間標本を作った方がよほど共感できた位です。そういった才能に嫉妬する、という観点では、高畑充希さん主演の、ドラマ「いりびと-異邦人-」が素晴らしかったです。あれこそ「人を殺す」という飛び道具無しで芸術家の業を抉るという事を大変深く、そしていやらしく描けていました。
今作で言えば、宮沢りえさん演じる美術界の巨匠が、社会的・世界的にどれほどの重鎮なのかを具体的に描かれていないので、ただの三流芸術家が殺人鬼になっただけに見えてしまい残念でした。
原作を読まねば!
今回の制作側の狙い(予算を標本の模型に注ぎ込んで話題を作る)が透けて見えた部分もありましたが、こうした不満点はおそらく湊かなえ先生の原作小説ではすべて払拭されているはずです。
映像では描ききれなかった社会的なリアリティや、より深い心理描写を求めて、絶対に小説版も読まねばと決意しました。
色々と言及しましたが、それだけ語りたくなるほどの強烈な異彩を放つ一作であったことは間違いなく、その挑戦的な映像美には一視聴者として敬意を表したいです!
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
皆さんの感想も、ぜひお聞かせください!


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