【映画レビュー】「てっぺんの向こうにあなたがいる」人生のピークは登頂だけ?下山に込められた想い。

映画

【てっぺんの向こうにあなたがいる】

  • 鑑賞日 2025/11/04
  • 公開年 2025
  • 監督 阪本順治
  • 脚本 坂口理子
  • キャスト 吉永小百合, のん(青年期), 木村文乃, 若葉竜也, 工藤阿須加(青年期), 茅島みずき(青年期), 天海祐希, 佐藤浩市
  • あらすじ 女性として世界で初めてエベレスト登頂に成功した登山家・田部井淳子をモデルに、その生涯を描くドラマ。主人公の多部純子(吉永小百合/のん)は、人生のすべてを懸けて「てっぺん」に挑み続ける。その偉業は、家族や友人に光を与える一方で、深い影も落とす。晩年は、病と闘いながらも、最後まで笑顔で山に登り続ける彼女の姿を描く。
  • ジャンル 日本映画 ドラマ ヒューマン
  • 鑑賞媒体 映画館
  • お気に入り ◎

感想

山登りというのは、不思議な行為です。太股には乳酸が溜まり、膝裏は軋み、肺が焼けるように熱くなり、心臓は悲鳴を上げる。 「なんでこんな辛いことをしているんだろう」と、道中で嫌気が差す瞬間が必ずあります。 僕も過去に二度ほど富士山に登ったことがありますが、その道中のしんどさは筆舌に尽くしがたいものがありました。

それでも、一歩一歩ゆっくり進めば、必ず目的地に辿り着く。 そして登り切った後のあの唯一無二の高揚感と、その気持ちを持って下山する時の格別な味わい。

今作は、そんな山登りの過酷さと美しさを通して、人生そのものを見つめ直させてくれる、邦画の良心が詰まった素晴らしい作品でした。

山登りに限らず映画において、とかく「登頂」の瞬間のカタルシスだけにフォーカスされがちですが、この映画は、人生においても登山においても同様に、重要な「後半の下り」こそが、丁寧に描かれておりました。

例え道半ばで挫折したとしても、その道程は決して無駄にはならない。 そして最後には、尊厳を持って粛々と人生を下山していく。 そんなメッセージが40代の今観ると、より一層深く心に染み渡るように感じました。この先50代、60代、見る時期によって受け取る感想ががらりと変わりそうな、そんな深みのある作品です。

個人的に強く共感し、惹きつけられたのが、夫役を演じた佐藤浩市さんの存在です。

僕の妻もどちらかと言えば弾丸の様に色々な所へ飛び出していくタイプ(笑)なので、彼が演じる「帰ってこれる場所としてどっしりと構える夫」の姿には、わかりみが深すぎて頷くことばかり。 苦労も多かっただろうけれど、「こういう夫婦でありたい」と素直に思わせてくれる、微笑ましい関係性がそこにありました。

もちろん、綺麗事ばかりではありません。夫には夫の嫉妬があり、子供には子供の劣等感があります。己のやりたいことを突き詰めるゆえの弊害や、それに伴う家族不和もしっかりと描かれていて、だからこそ、その絆の強さが嘘くさくなく、リアルに響いてきました。

余談ですが、映画の冒頭、頂上に向かう荒い息の先に現れるタイトルバック。またもや「タイトルバックの美しいシリーズ」に追加の一本ですね。カメラワークも含め、痺れる導入部でした。

山というのは本当に不思議な場所で、木々からこぼれる日差しにうっとりする事もあれば、日も差さない奥の奥の暗闇にゾっとすることもあります。「よく登りに来ましたね」と温かく出迎えてくれる顔を見せてくれたかと思えば、「舐めてると引きずり込むぞ」と恐ろしい顔を見せる時もあります。山自体に敬意をもって、動植物の領域にお邪魔させてもらうという謙虚さがないと、あっという間に命を落としてしまう厳しい場所です。

そんな、ある種の「異界(かくりょ)」に近い場所だからこそ、日常を離れ、異世界にお邪魔させていただき、そこで自分自身と向き合い、人生を見つめ直す。 そして、その高揚感を抱いたまま、待っている人のいる「現世」へと帰っていく。

まさに、「てっぺんの向こうにあなたがいる」です。

見終わった後、何よりも無性に山に登りたくなりました。 しんどいけれど、あの景色と、その先にある「帰る場所」の温かさを、もう一度確かめたくなる。そんな、静かで熱いジーンとする名作でした。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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