【ウォーフェア 戦地最前線】
- 鑑賞日 2026/01/21
- 公開年 2026
- 監督 アレックス・ガーランド、レイ・メンドーサ
- 脚本 アレックス・ガーランド、レイ・メンドーサ
- キャスト ディファラオ・ウン=ア=タイ、ウィル・ポールター、ジョセフ・クイン、コズモ・ジャーヴィス、チャールズ・メルトン、キット・コナー
- あらすじ 2006年、イラクの危険地帯ラマディ。アルカイダ幹部の監視任務に就いていた米軍特殊部隊の小隊8名は、敵の奇襲を受け、瞬く間に完全包囲されてしまう。通信も遮断され、救援も望めない絶望的な状況下で、兵士たちは生存をかけた極限の戦闘(ウォーフェア)に身を投じる。共同監督のレイ・メンドーサ自身の実体験に基づく、徹底したリアリズムで描かれた戦争アクション。
- ジャンル アメリカ・イギリス映画 アクション 戦争 ドラマ
- 鑑賞媒体 映画館 ドルビーアトモス
- お気に入り ◎
感想
実際にイラク戦争を体験した兵士の証言を、克明に再現した95分。心拍数爆上がりの恐ろしい映像体験でした。
呼吸を忘れる、95分間の戦場体験
予告の時点で「敵兵に包囲される」という展開は知っていたので、本編が始まってから攻撃が開始されるまでの静かな緊張感が尋常じゃないです。 劇場を出る頃には、自分の呼吸数が普段の四分の一くらいになっていたんじゃないかと思うほど、体に力が入っていました。
その静かな緊張感から戦火が始まるあの瞬間、僕も含め、劇場中の人達が思わず「ひっ…!」とのけぞってしまう位のインパクトがありました。
今回はドルビーアトモス(Dolby Atmos)で鑑賞したのですが、これが大正解!
- 360度から降り注ぐ銃声がもたらす絶望感
- 耳元で狂ったように飛び交う無線のカオス。
- 空を切り裂く威嚇飛行の轟音。
とにかく「音」の演出が凄まじく、没入感を底上げしてくれました。
「脳がシャットダウンする」という生々しさ
その場に実際に居た特殊部隊の精鋭達の証言をベースにしているだけあって、描写の解像度が恐ろしく高い。
至近距離で爆発が起きた時の鼓膜が破れた状態での、薬莢の「キャイン、キャイーン」という聞こえ方。 ショッキングな出来事が連続した時に、脳が自己防衛のために強制シャットダウンしようとする感覚など。
さらには「痛み」の描き方にも背筋が凍りました。 他の映画だと、重傷を負えばショックで気を失ったり、逆に感覚が無くなるといった描写をよく観ますが、今作では精鋭中の精鋭であるシールズでさえ、その痛みにひたすら叫び続ける。現実は気絶出来ない地獄があるのだ、とゾッとしました。
「リアル」と「リアリティ」の狭間で
今作の映像は、確かに圧倒的な臨場感に溢れていました。でも、戦場を経験していない僕が、完全に没入できたかと言えばそれは無理な話です。「兵士の気持ちが分かった」なんて言えたら、それはあまりに傲慢な気がします。
制作者は、あの場にいた人たちへ向けてこの映画を作ったらしいので、現場を知る人間にとって、これは圧倒的な「リアル(現実の再現)」として大成功なのだと思います。
けれども、戦争を知らない僕たちには、ただ事実を克明に再現するだけでは伝わりきらない部分もあります。特に昨今の超リアルなFPSゲームをやり込んでいる人にとっては、激しい銃撃戦や爆音は見慣れた光景でさえあるでしょう。 だからこそ、そこにはフィクションを用いた内面描写や物語の「リアリティ(真実味)」が必要なのだな、と。 ドキュメンタリー作品が伝える「リアル」と、フィクション作品が伝える「リアリティ」。その使い分けについて、深く深く考えさせられました。
視点をどこに置くべきか、という「モヤモヤ」
…と、ここまで技術面や臨場感の凄さを書きましたが、観終わった後に消えない「モヤモヤ」があったのも事実です。
正直、「どういう視点でこの物語を捉えればいいのか」と、ずっと思考が迷子になっていました。 劇中では末端の兵士もまた、国の利権に振り回された被害者のように描かれますが、彼らは強制徴用ではなく志願兵。一方で、踏みにじられた現地の無辜の人々や、いきなり家に押し入られたイラク人家族こそが、一番泣き叫びたいはず。
大義のない戦争だったことが周知の事実である今、この映画をどういう気持ちで観れば正解なのか、鑑賞中もずっと戸惑いが消えなかったのです。
ラストに刻まれた「私的な祈り」
その違和感を決定的にしたのが、最後に流れた「エリオットに捧ぐ」というテロップでした。
この映画は、あの現場で生存しつつも、両足を失い記憶も失ってしまったエリオット氏のセラピーのために、親友であるレイ・メンドーサ氏が作った、という背景があるそうです。 「現場を知らない奴が安全な場所からピーチクパーチクうるせぇ!俺は親友のためにこれを作ったんだ‼」と言われたら、確かに何も言えません。それは一つの作り方として誠意もあるし、尊重されるべきでしょう。
けれど、そこには、あの場で唯一亡くなったイラク人通訳の方や、踏みにじられた現地の人々への悼みはないのか?と、どうしても思ってしまうのです。大国が大義の無い戦争を無理やり推し進めた内容であるだけに、尚更…
あの一文があることで、この映画は「思想を排除した克明な再現」ではなく、極めて個人的で独善的なメッセージに変質してしまったようにも見えました。ただ、それこそが軍隊という組織の本質的な独善さなのだと、監督が逃げずに逆説的に描いているのだとしたら…それはそれで、恐ろしいほどの表現力です。現地イラク人への徹底して冷たい描き方が監督の誠意であり、今までよくある「敵国の民衆にも優しいヒロイックな軍隊」として描かなかった所に、制作陣の想いを感じました。
総評:あとには「空虚」だけが残る
色々書きましたが、一つだけ確実に言えることがあって、それは今までの数多ある国威発揚映画とは違い、この作品を観て「兵士かっけぇ!憧れる!」なんて思う人は、まずいないでしょう。
「いやだ、絶対にあの場にはいたくない」と思うのではないでしょうか。少なくとも僕はそう感じましたし、そうならない為に何ができるだろう、という行動の発露になりました。こういった戦争映画を観る意義は、一番そこにあると思ってます。本当はお金払ってわざわざこんなしんどい思いする映像なんて観たくないですもん…
プロフェッショナルでありつつも、精神を病み指揮権を譲る隊長や、苛立ちから負傷兵を蹴飛ばす兵士。ヒーロー映画の様に超人でもなければ、脚本を盛り上げるために滑稽な間抜けに描かれる訳でもない、極限状態に置かれた生身の人間の姿が克明に刻まれてました。
ジェイソン・ステイサムの様に、元特殊部隊という設定はなんとまぁ便利なもので、どんな困難にも無双で蹴散らします。翻って今作は、ただ敵兵に翻弄され、無我夢中で撤退するだけの特殊部隊は初めて観たかもしれません。
それでも、彼らは仲間を助けるためにあの極限状態で最大限出来ることをした。そういった兵士たちへの最大級のリスペクトを込めつつ、結果として「あとには何も残らなかった」という、あの空虚なラスト。
米兵が去った静けさのあとにゾロゾロと建物から出てくるイラク兵と一般市民たち。まるで台風一過のように、「勝手に来て、勝手にギャーギャー騒いで、勝手に帰って行って、あいつらなんだったんだ…?」という両者誰も得しない、戦争の虚しさを表す物凄いシーンでした。
そして、押し入られた家族が唯一英語で叫ぶあの一言。戦争で理不尽に踏みにじられたすべての人を代弁する強烈な短い一言。あの単語がずっと頭に残っています。米兵のリアルを描いていると同時に、あの一言をシッカリ映画内で提示したのは、見事でした。
非常に複雑な読後感ですが、間違いなく「観て良かった」と言える、強烈な一作です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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