【映画レビュー】「嵐が丘」/構図、演出、愛憎のすべてが美麗。美しき英国の風景の中で、死と快楽が狂い咲く至高の一本

映画

【嵐が丘】

  • 鑑賞日 2026/03/23
  • 公開年 2026
  • 監督 エメラルド・フェネル
  • 脚本 エメラルド・フェネル
  • キャスト マーゴット・ロビー、ジェイコブ・エロルディ、ホン・チャウ、シャザト・ラティフ、アリソン・オリバー、マーティン・クルーンズ、ユアン・ミッチェル
  • あらすじ エミリー・ブロンテの古典名作を、『プロミシング・ヤング・ウーマン』のエメラルド・フェネル監督が映画化したラブミステリーです。イギリス北部の荒野にたたずむアーンショウ家の屋敷を舞台に、美しい令嬢キャサリンと孤児ヒースクリフの激しく狂気的な愛憎劇を描いています。身分の違いに翻弄された二人の愛が、やがて凄惨な復讐劇へと変貌していく様子を、現代的な視点と鮮烈なビジュアルで映し出しています。
  • ジャンル アメリカ映画、ロマンス、ドラマ、ミステリー
  • 鑑賞媒体 映画館
  • お気に入り ◎(×、△、〇、◎の四段階)

感想

「君は俺のものだ」「世界の果てまでも犬のように追いかける」
「もう一度口づけを」「そして共に呪われよう」

相反する感情が、まさに嵐のような憎愛となって押し寄せてくる。近景、中景、遠景、監督が作り上げた構図のすべてが完璧に美しくて、僕のイラストではその100分の一も伝えられないのが非常にもどかしい。

オープニング早々、ワーナーロゴの背景から、何かが軋む音と漏れる吐息が聞こえてきます。だんだんと激しくなっていくので、明らかに男女の営みのあえぎ声を意識させといて、現れるのは罪人の首吊り処刑シーン。熱狂する人々と腹の底に轟く重低音の音楽、そこから場面は壮大な嵐が丘の風景になり、タイトルバック!もう鳥肌でゾクゾクゾクッ!はい、「タイトルバックが完璧シリーズ」に追加決定です。

狂気を孕んだ「追いかける側」の普遍

全編を通してお気楽な不倫ものでもなく、わかりやすい復讐ものでもありません。嵐のように憎しみと愛情が行ったり来たりする物語です。これがまあ、アクの強い登場人物ととてつもなく美しい風景とで、最後まで夢中で観られます。プロットだけで言えばロミジュリもどきなのに、監督の味付けがとてつもなく素晴らしくて、終始ゾクゾクとワクワクが止まりませんでした。

幼馴染の約束された二人が大人になっても変わらぬ愛を育む、という理想の展開は恋愛ものの黄金プロットですけど、そこには同じくらいの狂気が孕むということを描いています。生まれた時からずっと追いかけられる側だった、という超恋愛強者以外は、誰しもが経験あることだから質が悪いんですよね。

ヒースクリフが復讐に意を決したかと思えば、やっぱり愛してるよ~グスン、とすぐ心折れたりするのは、わかりみが深すぎる(泣)「惚れたもん負け」とはよく言ったもので、自分自身も過去の恋愛を振り返った時に、夢中になっている相手に駆け引きのつもりで引いてみるものの、次の瞬間にはもう心折れて連絡しちゃったり、みっともなく縋りついたり……。

そんな恋愛も20代まで、なんて余裕ぶっこいていたら、普通に30代でも情けない恋愛をしちゃったりして(笑)周りを見ても、60代や70代でも好きな人に入れ込んで生活破綻している人がたくさんいるから、年齢関係なく、いつの時代も普遍のテーマですよね。

僕は原作未読で、今作で初めて『嵐が丘』に触れました。過去の作品を見ていたら色々比べられて面白かっただろうなと思います。

血肉の通った強烈なキャラクターたち

登場人物が全員キャラが強烈で本当に面白いです。特に酒乱親父とイザベラはめちゃくちゃ好きですね。ヒースクリフに利用されるだけの箱入り娘かと思いきや、がっつり牙を向いて対等に渡り合うなんて、最高かよ!と思いました。

酒乱親父もただの舞台装置としての悪役ではなくて、善悪のグラデーションが見事で、大変に血肉が通っていて良かったです。こういう人物造形が作れたら、それだけでもう勝ち確ですよね。特に痺れたのは、落ちぶれた父親が娘に硬貨を床に投げ捨てて立ち去ろうとした時、「待て、硬貨を床に投げ捨てたなら、ワシがそれを這って拾うを見届けろ。それが望みなのだろう?」と言うシーンです。こういった見事な言葉選びと演出が随所に散りばめられていて、都度劇場でメモをとりたくなるほどでした。

男性特有の重苦しい浪漫像からの脱却

これだけ魅力的なキャラクターたちが飛び回っているのに対して、肝心のヒースクリフは存外あまり語ることのない属性になっていた印象です。オヒゲボーボーの時はめちゃくちゃ格好良かったのに、剃った後はなんだか凡人みたいになっちゃったのも暗喩を感じます。自然と溶け合っていた髭面の時は穏和で優しくて、髭を剃った文明に染まった状態では「ただのハンサムなアイコン(商品)」、という対比が実に興味深い。

原典を調べる限りはもっと怪物的な属性らしく、勝手な想像ですが、女性性が持つ男性性への「欲望の対象」というフェネル監督によるカリチュアライズに感じました。理想化されたマッチョイムズから、あえて凡庸な情けない『一人の男』としてカメラの前に晒し上げた印象です。彼が持つ高潔な意思は関係なく、女性の快楽に消費される滑稽な肉体でしかないのだと。何度も何度も映されるヒースクリフの肉体のエロチックなどアップが、悲しいかな、キャシーの求めるものがソレであると、物語っておりました。

数百年変わらない人間の本能

なかなか1800年代の古典文学を読む教養は持てないので、このように現代映画として見せてくれるのはありがたいです。首吊り処刑が当たり前の時代で、子供たちは樽の中に入れたネズミを喜々として潰して殺すような世界。一見地続きには思えない遠い昔の価値観に思えるけれど、恋愛で生じる感性は今も大して変わりません。

スマホもネットもないのに、基本的な嫉妬や愛憎は現代と遜色ないのが、救いようもなく滑稽で愛らしいです。何百年も連綿と続くこの独占欲は、そりゃたかだか数十年生きた若造が達観できるわけもありません。と、自分の黒歴史に言い訳をさせてくれます(笑)

寝取られる側に寄り添ったら楽しめない作品

映画では夫のエドガーが超善人ゆえに終始可哀想なんですけど、『東京ラブストーリー』にしても様々なトレンディドラマにしても、寝取られる側の人間に感情移入しちゃダメダメ。その瞬間にこういった不倫物語のすべてがつまらなくなってしまいます。

心を鬼にして、寝取られた側の気持ちはある程度無視しつつ、恋にひた走る二人の恋模様に溺れるべしですよ。普通は夫がDVしたり酷い奴なので不倫しても仕方ないと思わせるのが定石ですが、エドガーには一切の悪いところがないので尚更。

ネリーもずっと可哀想ですね。キャシーに「出て行きなさい」と言われた後、エドガーに告げ口しに行く時の彼女の真っ黒な顔、たまりませんね、ゾックゾクします。感所の立ち位置は常に窓の中から、ドアの隙間から、覗き見の構図で描かれており、物語の枠外に居る狂言回しのようでありながら、しっかりと歪んだ好奇心と嫉妬に満ちているんです。

決して家族にはなれない絶対的な主従の壁がありながらも、なぜ選ばれるのが私じゃないの?という憎しみがありながらも、最後の二人の邂逅はとても感動しました。

安全な揺り籠にいても、荒野を求めてしまう本能。

どう考えてもエドガーのお屋敷の方が外敵から守られる壁もあるし、暖かいし、食べ物にも困らないから幸せの総量は多いはずなんです。なのにキャシーは一貫して、ヒースクリフという厳しい荒野に惹かれ続ける。

人間の本能というものは、そんな規律からはほど遠い制御できない巨大なエネルギーと肉欲に満ち満ちているものなんだ、というメッセージに感じました。それこそ激しく縛り付けるコルセットではなくて、自由に雨に濡れて走り回っていた子供の頃への憧憬。規律正しく「汝病めるときもいかなる時も愛し続けることを誓うか」というキリスト教に真っ向から喧嘩を売るお話です。1800年当時は大丈夫だったのかしらと、冒頭の首吊り処刑がいろいろな想像をかき立てます。

映像が語る歪んだ愛の説得力

どれだけ天気待ちをしたのか、あるいは元々そういう気候なのか、ロケ地の雨模様や霧雨の景色が見事で見事で、本当に美しいです。そのおかげで、ただの男女の痴話騒動すらも神話のような神々しさを帯びてきます。あれだけの荒涼とした荘厳な風景で、人生で出会う人間の絶対数も少ないとなったら、生き死にをかけて相手を好きになるのもわかるな、と映像の力でとてつもない説得力がありました。この風景を映画館の巨大スクリーンで観られたのは本当に良かったです。

また、登場人物たちの歪んだ性愛を食べ物で表現しているのも面白いです。巨大ゼリーで閉じ込めたフナや、異常にデカいイチゴなどなど、まあ歪でまずそうなこと。部屋の内装も「君のそばかすを壁紙にしてみたよ」なんて狂ったセンス。血管まで再現してて、ああ、エドガーも異常でした(笑)とにかく映像でこれでもかと歪さを見せてくれるのがたまりません。

予想もしなかった絵が撮れた、というのももちろん映画の素晴らしさなんだけども、完璧に計算さらえた監督の頭の中の絵を寸分違わず作り上げる作品も大好きです。ビシッと決まった構図の数々に本当にため息が出ちゃいますね。

島の強風に煽られるウェディングドレスとお葬式のベール。一枚の絵画のように荘厳で美麗です。純白のウェディングドレスで飼い殺しの箱庭に赴き、漆黒の喪服で不貞を働く。どちらにも激しい風が吹き荒れ、キャシーの心が凪ぐことはありません。その計算された対比が見事です。

古典文学を表現するということ

今作の仕上がりはどうやら賛否両論巻き起こしているみたいですが、それ自体が原作小説が世に出た時に賛否を起こしたこと(Wikipediaを読んだだけですが)と通じるのが大変にロマンチックです。原典のあらすじが今作ではかなり改変されているみたいで、あくまでもこの感想は、映画しか見ていない者の意見です。

冒頭の、勃起しながら事切れる首吊り処刑の罪人。この強烈なオープニングが示す通り、この映画が伝えるのは死と快楽の物語です。突出したグロテスクで誰もが抗えない最強のエクスタシー。それを超美麗な風景でパッキングした、僕的にめちゃくちゃフェチズムど真ん中の作風でした。最高!


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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