【映画レビュー】「愚か者の身分」努力ではどうしようもない「変数」と、真横に在る奈落。

映画

【愚か者の身分】

  • 鑑賞日 2025/10/26
  • 公開年 2025
  • 監督 永田琴
  • 脚本 向井康介
  • キャスト 北村匠海, 林裕太, 山下美月, 矢本悠馬, 木南晴夏, 綾野剛
  • あらすじ 劣悪な環境で育ち、闇バイトを行う組織の手先になってしまった若者タクヤ(北村匠海)とマモル(林裕太)。彼らはSNSで女性を装い、身寄りのない男性たち相手に個人情報を引き出し、戸籍売買を日々行っていた。タクヤは、兄貴的存在の梶谷(綾野剛)の手を借り、マモルと共にこの世界から抜け出そうとするが──。
  • ジャンル 日本映画 ドラマ サスペンス
  • 鑑賞媒体 映画館
  • お気に入り ◎

感想

映画「愚か者の身分」、それは奈落へ引きずり込まれる若者達の群像劇でした。

観終えた後、僕は自分が今立っている場所について考えざるを得ませんでした。 たまたま、平和な国に産まれた。 たまたま、五体満足だった。 たまたま、親がいた。 たまたま、虐待されなかった。 たまたま、友人に恵まれた。

明暗を分けるのは実力ではなく、ただの「たまたま」。 努力ではどうしようもない残酷な変数。そんな、直視するにはあまりにも辛い現実が逃げずに描かれておりました。

明暗を分けるのは、ただの「たまたま」

この映画の怖さは、観る側のスタンスによって全く変わります。 「自分には無縁な世界」として観るか、「いつ自分がこうなってもおかしくない」として観るか。

作中では、夜の世界が持つ独特の、あの危うい高揚感が見事に再現されていました。 僕は昔、少しだけ夜の世界で働いていたことがあるので、あの空気感がとても良くわかるし、彼らの姿がとても他人事とは思えませんでした。なので僕の見方としては、一歩踏み間違えれば自分もあちら側に転がり落ちていたかもしれない、です。それもあり、 登場人物の若い二人の境遇が、ただただ泣けて仕方がなかった。彼らの境遇は己の努力や歩みとは関係のない、たまたまの変数の行く末なのだから。

映画『ナイトフラワー』でも描かれていましたが、そこまで追い詰められれば、そりゃあ犯罪に手を染めても仕方がないよな、と思わせてしまうほど、彼らが積み重ねてきた人生のプロットには悲しい説得力があったのです。

「説明」ではなく「絵」で語る凄み

ある場面ですが、タクヤがマモルの頭を撫でようとした瞬間、マモルが異常なまでにおののき、のけぞる。それを察したタクヤは、それでも一歩踏み込み、マモルの肩をポンと叩く。俺は敵じゃないよ、という姿勢にマモルは安堵するのですが、そこにはセリフによる説明も、くどい回想シーンもありません。ただその反射的な恐怖を見せるだけで、彼がいかに過酷で暴力的な幼少期を過ごしてきたかが痛いほど伝わってくる。 それを素早く察した上で、タクヤの目線や表情で二人の絆が確立したことを伝えてくれる。こういった、言葉での説明ではなく「絵」と「余白」で語る映画は、本当に信頼できます。大好きです。

大切だからこそ、闇へ引きずり込む

この物語の最も残酷な点は、悪意ではなく愛や絆が彼らを縛り付けている様に思いました。それぞれが大切であるがゆえに、その大切な人を闇に引きずりこんでしまう図式。 梶谷はタクヤを、タクヤはマモルを。助けたいと思うがゆえに、さらなる闇の仕事に手を出させてしまう。どうでもよい相手なら見捨てれば楽なものを、だからこそ、そうはいかない。

戸籍を売るということがどれほど不可逆で重い意味を持つのか。 貧困ビジネスとは何か。誰からも必要とされない孤独とは何か。 それは、明るい世界に生きる人々が手を差し伸べない限り、死ぬまで続く負のループ。どこまで行っても闇の世界の人間を助けようとするのは、闇の世界の人間だけで、その悲しい関係性もしっかり描かれておりました。そして今作では描かれていませんでしたが、少女の場合、更なる想像を絶する過酷な生き地獄なのでしょう。

「昼の世界」が手を差し伸べない限り

それだけ過酷な現実に救いを描くことは、一歩間違えれば安易なファンタジーになってしまう危険性があります。実際は、奈落に落ちきったと思っても更なる底があったりするし、そこから這い上がるのは容易ではありません。

夜の世界や反社の世界を、いくらでも苦しく、重く、残酷に描くことはできる。 しかし本作は、「いつ自分がそうなってもおかしくないんだから、社会を良くしていこうよ」という警告と、「それでも救いはあるかもしれない」という監督の優しい視点のバランスが絶妙でした。まずエンタメとして観る事、そして知る、興味を持つ。その様な入口として最適な作りです。

社会派テーマとエンタメのバランス。この塩梅こそが、登場人物と同世代の若い観客に一番響くように思います。

いや、本当にね、こういう世界はすぐ側にありますから。若い人には特に見て欲しいし、 大人として、彼らから搾取する社会にならないよう、僕たちはどうすればよいのか深く考えるきっかけをくれる。

見ておいて損はない一作です。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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