【映画レビュー】「パリに咲くエトワール」/極限まで丁寧なコンテが描き出す、美しくも残酷な青春の煌めき

アニメ

【パリに咲くエトワール】

  • 鑑賞日 2026/03/16
  • 公開年 2026
  • 監督 谷口悟朗
  • 脚本 吉田玲子
  • キャスト 當真あみ(フジコ)、嵐莉菜(千鶴)、早乙女太一(ルスラン)、門脇麦(オルガ)、尾上松也(若林忠)、角田晃広(エンゾ)、津田健次郎(矢島正一)
  • あらすじ 20世紀初頭のパリ。日本からやってきた二人の少女、画家を夢見るフジコと、バレエに心惹かれる武家の娘・千鶴。かつて横浜で出会っていた二人がパリで運命的な再会を果たし、それぞれの夢に向かって歩み始めます。異国の地で東洋人として直面する様々な壁にぶつかりながらも、自らの道を切り拓こうとする少女たちの奮闘を瑞々しく描いた物語です。
  • ジャンル 日本アニメ・ドラマ
  • 鑑賞媒体 映画館
  • お気に入り ◎(×、△、〇、◎の四段階)

感想

「やりたい事をやるのが人生じゃないの?」というテーマ。その後に待ち受けているのが「パリは燃えているか」という苛烈な運命。ものっすごい傑作でした。

歩く、走る、というなんて事ない動きを極限まで丁寧に描くと、動きの少ないプロットすら、こんなにも魅き込まれるとは。2026年ベスト級です!

重力が宿るアニメーションの魔法

僕みたいに予告を見て「ジブリみたいなもの、にはもうこりごり」とならずに、是非観に行って欲しい。正直ここまでの期待はしていませんでしたし、とんでもなくハードルを飛び越えてくれました。これほどまでに丁寧に作られた傑作だったとは。ほんと、最近の予告に対する僕の判断は信用できませんです。

全ての動きが地に足ついており、重力があります。一つもふわふわした不自然なコンテが無くて、その完璧な動作のおかげで世界観の説得力がすごい。『この世界の片隅に』も似た印象を受けましたけど、ただ枚数を増やしてヌルヌル動く、という訳ではなくて、しっかりアニメーションでしか描けない人体の動きを徹底して描いていました。

AからBへの動きに至る、重要なツボをしっかり抑えているというか、宮崎アニメに繋がる気持ちよい動きです。これが出来ているアニメと出来ていないアニメの差は、仕上がりのカタルシスにとんでもない影響を与えますね。

煌めく日常と、忍び寄る軍靴の足音

主人公二人が夢に向かってひたむきであればあるほどに、その後に待ち受ける過酷な運命に胸が痛みます。彼女たちだけじゃない、どれだけの世界の若者達が、夢半ばに散って行ったのでしょうか。たびたび出てくる、妖精のような羽ばたく夢の欠片達が、戦闘機に見えてしまいます。

ことさらに反戦を唄うでなく、直接的な戦争の描写を描くことなく、なのに少女達が煌めけば煌めくほど、戦争の悲惨さが対比として際立つという、とんでもない作りです。それは二人の少女達だけでなく、あの映画に出てきた全ての登場人物がたどる運命だからこそ、彼らを好きになればなるほど苦しく、つらいです。

そしてこれがまた全員気持ちの良い奴で、滅茶苦茶好きになるよう演出が巧みなもんだから、とてもタチが悪いですね。どうかみんなあの戦争を無事生き延びて欲しい、フジコとルブランがまた会えますように、千鶴がバレエを踊り続けられますように、心からそう思わせてくれる見事な感情移入でした。

いじめられて弱々しかったトマも、薙刀と出会えた事であんなに成長出来たのに、人を殺しに行かなければいけない。彼を見つめる母親の眼差しは、それを見越していたようにも見えます。アパートに住むあの人たちも、パリの空襲でどれだけ生き残れたのでしょうか。そして日本に帰る事になったフジコ。その国はもっとも苛烈な道を辿る事になります。残酷な歴史に翻弄される彼らに、劇中涙が止まりませんでした。

観客の想像力に委ねる「大人の演出」

特筆すべきは、こういった描写や説教は全く描いておらず、全て観客が勝手に想像するようにし向けている点です。なので、もちろん爽やかな友情物語だけで見終わる人もいるでしょうし、終始派手さが無く退屈な物語だと思う人もいるでしょう、それも映画が持つ幅広い表現の自由さです。

予告なんてことさらに涙を流すシーンとかを繋ぎ合わせて、いかにも「お涙ちょうだい」みたいなテイストをしていたから敬遠してたんですけど、実際は全くそんな事はありません。かなりウェットな部分は抑えて、大人向けの演出にしています。臭い芝居がほとんどないし、涙のシーンも嫌みがなく、自然にこちらも泣けます。

絵画という題材を扱う事の難しさ

よく他の感想でも言っている「すごい絵、を劇中で説明するのは困難」という難題を、終盤フジコの渾身の絵として、シンプルにすごい絵+今までの物語の説得力で表現しているのがすごいです。

千鶴のバレエは音楽と職人技のアニメーションの動きでそのすごさが伝わりますけど、「千鶴がすごい=それを絵にしたフジコもすごい」というプロットにした結果、僕らにもあの絵が大変素晴らしいという事が伝わります。もちろんそれを成就させるには、ある程度絵自体のクオリティも担保させなきゃいけないんですけど、その絵もパッと見で大迫力でした。

しかも極めつけに「日本の技法を取り入れてみた」という設定をぶち込んでいるので、四方弱点無し、完璧な仕上がりです。エモーショナルに頼らず、超ロジカルな脚本で感動を作り上げているのがたまらないですね。

数多の芸術を扱う映画でこれが出来ている作品がどれだけあるでしょうか。歌声をオルゴールで誤魔化す、というあの伝説の映画でこれが出来ていれば……(笑)

登場人物を使い捨てにしない脚本

この時代、当たり前の価値観として、男尊女卑のテンプレとして「女性は良い結婚をするべき」というのも、殊更露悪的に描いていない点もバランスが良いです。当時の価値観を否定しすぎるのも醜悪ですし、でも実際やりたい事を女性が出来ない社会だったのは事実ですから、このバランス感はとても真摯に感じました。

もっともっと両親を悪者にして物語を勧善懲悪的なわかりやすいものにも出来ただろうに、そこに逃げなかったのは素晴らしい。全登場人物に血肉が通っており、安易な舞台装置としての悪役は一人もいません。こういった登場人物を使い捨てにしない脚本には、本当に信頼がおけますね。

斬新な形の反戦映画

美味しそうな食事が沢山出てくるのも興味深いです。貧乏暮らしに陥ったあとも、それなりに美味しそうな食事をしています。そしてそれもイコール、この後に待ち受ける「食べたくても食べられない世界」が来ることの対比になっていて切なすぎます。あれだけ浴びるようにワインをたらふく飲めていたジャンヌも、終盤「軍がほとんど徴収した」とその予感を匂わせています。

登場人物達が煌めくほど、笑うほど、美味しく食事するほど、踊るほど、ピアノを弾くほど、絵を描くほど、ワインを飲むほど、恋をするほど、人生を謳歌すればするほど、その後の行く末にこちらは絶望します。このプロットを考えた人は悪魔です。でも同時に、確かに彼らは煌めきながら生きていたのだと、戦争になる前の世界はこれほどに美しかったのだと、痛いほど伝えてくれます。

こんなにも鮮やかな反戦映画があったでしょうか。グロくて辛くて悲しい戦争映画ももちろん意義はありますけど、なかなかそういうものを観るのに抵抗がある人たちに、こんな優しい手法で戦争の悲しさを伝える方法があったのかと脱帽です。

ロジカルなプロットと「動き」への執着

「戦争の悲惨さを伝えるには何が一番効果的か」から逆算して、

  1. 登場人物を大好きにさせる
  2. 好きにさせるには動きを徹底的に丁寧に描き、実存感を高める
  3. その実存感が最大限に効果が出る脚本にする

という、滅茶苦茶ロジカルなプロットにしており、それをリスクだらけの「原作なし」というオリジナル作品でやるんだから、マジでとんでもないです。

残念ながら、派手さが無いので、どうしてもプロモーションはお涙ちょうだいっぽい予告とジブリっぽい絵柄で引き込むしかありません。でも僕みたいに逆にそれがアレルギーになってしまう人も沢山いると思うんです。

なので今の時代、SNSという良い評判も悪い評判も瞬く間に広がる諸刃の剣で、口コミを拡散するしかありません。とにかく見さえすれば感動は必須ですし、前向きな拡散しか増えないと思います。不景気ゆえ失敗できず、有名な原作頼りな映画化ばかりの時代。このような質の高いチャレンジは、未来の日本映画界の為にも、興行的に是非是非成功して欲しい。

クライマックスと対比の妙

エンドロールの軽快なJ-POPと、油絵の戦争絵の対比も意地悪ですよね。フジコも綺麗な絵ばかり描いていられない。何があって、あのような過酷な戦争の絵を描くに至ったのか、最後まで心揺さぶられます。

クライマックス、あそこだけ異常にフィクション色強くなるカーシーンも、その後の超緻密なバレエシーンの対比になっていて、もの凄く芸が細かいです。動きだけでなく、車もデフォルメされていてブーストターボまで出てきます。でもそれこそが、その後の精密に描かれたガルニエ宮を引き立てる計算になっているのが憎いですね。

鮮やかなパリの色合いが、軍靴が近づくにつれて色褪せるのも切ないです。途中途中カットインする名画達も、絵画に詳しかったら一つ一つ深い意味があるんだろうなあ。解説を詳しく見なきゃいけませんね。

才能の多寡と、美しき世界が残したもの

お金持ちのお嬢さんが意気揚々と楽しくパリで暮らすも、思いがけない不幸で貧乏生活に陥り、日銭を稼ぐのに精一杯で絵が描けない……

一見ありきたりな展開ではありますけど、でも千鶴は同じ状況に陥ってもバレエをひたむきに続けています。実はフジコは貧困ではなく、千鶴のその強烈な光に焼かれていたという、悲しい「才能の多寡」。

自分の才能の無さを、千鶴を応援することを言い訳に絵を描かなくなるというリアルさ。すんごいよくわかります。ネームがどうしても浮かんでこない時、バイトが忙しいのを理由に逃げていたのを思い出しました(泣)

でもそれを乗り越えた先にある自分だけの光、その成長物語も大変に尊いです。いつの間にか消えた妖精が、千鶴の開花によって再びフジコにも宿るという美しい構成。でも、そんなにも人生をかけて得たかけがえのない光が、戦争によって理不尽に奪われる、という鑑賞後の負のループ。やるせなさすぎます。

終始パリはとても美しく、キラキラと描かれていて、人々は優しく、差別もそこまでなく、治安も良い。恐らく当時のパリはここまでの極楽浄土ではなかったはずです。それはフジコの目から見たパリなのでしょう。見る人によって、景色はいかようにも変わるということ。

教養はわかる人にだけ分かればよい、という潔さ

絵画のこと、バレエの演目、パリや芸術の歴史……恐らく細かく細かく裏設定は配置してあるのだと思います。それでも無教養な僕がこれだけ感動出来たのは、普遍的な芯がしっかりと描かれてたからでしょう。それ以外の部分は気付く人が気付けばよい、という潔さ。

ジョン・ラセターや宮崎駿が常に意識していたその部分を、今作もしっかり踏襲しています。やはり「教養部分は知らなくても楽しい、知っていたらなお楽しい」というのがエンタメの基本なのだ、と改めて思いを強くいたしました。「事前知識を知らない人は楽しむ価値なし」というのは制作者の怠慢に思えて、僕には合いません。

最後に

徹底的に描き込まれた「動き」の快感と、そこから生まれる圧倒的な実存感。アニメーションという表現の無限の可能性を、改めて突きつけられたような素晴らしい体験でした。

これほどまでに質の高いオリジナル作品が、もっともっと高く評価されるような時代であってほしいと心から願っています。

『パリに咲くエトワール』という映画は、2026年の僕にとって間違いなく大切な一本になりました。緻密なロジックと圧倒的な情熱が同居する、こんなに贅沢な作品には滅多に出会えません。

この感動を、ぜひ多くの人に劇場で受け取ってほしいなと思います。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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