【スロートレイン】
- 鑑賞日 2025/1/2
- 公開年 2025
- 監督 土井裕泰
- 脚本 野木亜紀子
- キャスト 松たか子、多部未華子、松坂桃李、星野源、チュ・ジョンヒョク、松本穂香
- あらすじ 交通事故で両親と祖母を亡くした姉弟、葉子、都子、潮。月日が経ち、二十三回忌の法事の帰り道、都子が突然「韓国に行く!」と告げる。この告白をきっかけに、3人の人生に新たな分岐点が訪れる。
- ジャンル 日本ドラマ ドラマ コメディ
- 鑑賞媒体 アマゾンプライムビデオ
- お気に入り 〇(×、△、〇、◎の四段階)
感想
天下の野木亜紀子さんが脚本を手掛け、土井裕泰監督がメガホンをとったスペシャルドラマ『スロートレイン』。本作は、目的地というゴールにたどり着くことよりも、そこへ至るまでの過程の会話をじっくりと楽しむための作品に仕上がっています。
終始楽しく聴いていられる心地よい兄弟の関係性が描かれており、まさに新年の始まりにぴったりの、本当に素晴らしいスペシャルドラマだと感じました。
野木亜紀子脚本が光る鋭くも温かい会話劇
今作でも、野木亜紀子さんならではの「言葉の鋭さ」と「ユーモア」のセンスが遺憾なく発揮されています。何気ない日常の会話の中に、現代社会の生きづらさや、家族というどうしても逃れられない関係性の本質をズバッと突くような台詞がいくつも散りばめられていました。それによって、知的な刺激とクスッと笑える笑いのバランスが絶妙な塩梅で保たれています。
そのセリフ回しは非常に鋭い刃のようでありながら、根底にはとても温かい眼差しが通っています。だからこそ、何気ないやり取りの中に社会問題や人生の本質が自然と滑り込んでくるのを感じました。作中には心に残る秀逸なセリフがたくさん登場するのですが、なかでも「一人で生きていけるって言える人は、一人じゃないから言えるんです」という言葉には、ハッとさせられると同時に深く納得してしまいました。
旅路を彩る美しいロケーションと三姉弟の「欠損と再生」
物語の軸となるのは、22年前の悲痛な交通事故によって、一度に両親と祖母を亡くしてしまった三姉弟の姿です。彼らが「二十三回忌」という大きな節目を迎えたことで、それぞれの人生や旅路の分岐点に改めて向き合うことになります。そんな「家族の欠損」とそこからの「再生」への丁寧な眼差しが、この作品ではとても誠実に描かれていました。
解きほぐされていく彼らの歩みとともに映し出される、美しいロケーションと素晴らしい映像美にもすっかり目を奪われてしまいました。落ち着いた情緒のある鎌倉の街並みから始まり、活気あふれる博多の街、さらには異国情緒が豊かにあふれる釜山の風景にいたるまで、旅の行程が本当に丁寧に追われていて美しいのです。
そこでは、単に仲が良いだけの家族ではなく、お互いに不満を抱えたり干渉し合ったりする「家族ゆえの鬱陶しさ」や「家族の面倒くささ」がリアルに活写されています。しかし、そうした部分をネガティブに捉えるのではなく、それでも一緒にいることを選ぶ彼らの姿を優しく肯定してくれる温かさがあり、観ていてたまらなく愛おしかったです。
特別なこととして強調しない多様性とキャラクターの魅力
本作の大きな魅力として、多様性を描きながらもそれを決して押し付けにせず、新しい恋愛の形や家族の形をとても自然に伝えてくれる点が挙げられます。例えば、松坂桃李さん演じる潮(うーちゃん)の同性愛の描写についても、何か特別なこととして過剰に強調しすぎるようなことはありません。あくまでごく自然な日常の一部として描くバランス感覚が、いかにも野木作品らしくて素敵だなと思いました。
さらに、役者陣の放つキャラクター性も本当に魅力的です。松たか子さんのまとう空気感はとにかく最高で、ただそこに佇んでいるだけなのに、観ているこちらまでほっこりとした気持ちになり、思わずニヨニヨしてしまいます。本当に貴重な女優さんだと改めて実感しました。
また、星野源さんが演じる「百目鬼見(どうめきみる)」の特異な存在感も、物語の素晴らしいスパイスになっています。彼は人気作家でありながら、元担当者である葉子(松たか子さん)に強い執着を見せるキャラクターです。少し厄介でめんどくさい性格をしているのですが、なぜかどうしても憎めない絶妙なキャラクターになっていて、物語に独特のユーモアをもたらしてくれていました。
土井監督の抑制された演出が描く「大人になってからの自分探し」
この豊かな物語を支えているのが、土井裕泰監督による非常に抑制の効いた素晴らしい演出です。安易に涙を誘うような過剰な泣かせの演出は徹底して排除されており、その代わりに俳優たちの細かな表情の変化や、ふとした瞬間の沈黙をとても大切に扱っています。この丁寧な演出のおかげで、物語に深い情緒が生まれ、大人のドラマとしての高い品格が与えられているのだと感じました。
本作では「大人になってからの自分探し」というテーマが色濃く描かれています。まだ何者でもない若者だけでなく、ある程度人生の経験を積み重ねて歩んできた大人たちが、これからの自分の生き方を静かに見つめ直す姿は、僕も含めた同世代の視聴者の心に、非常に強く響くはずです。
まさにタイトルの通り、この作品は急激なストーリー展開を追い求めるよりも、ゆっくりと(スロウに)変わっていく人々の心象風景を何よりも大切にしています。そんな「急がない」ということへの肯定感が作品全体に満ちていました。日々を忙しく駆け抜ける現代において、時にはふと立ち止まって自分自身を見つめ直すための勇気を、そっと分けてくれるような温かい作品です。
豊かな余韻に包まれる旅の終わりに
目的地に早く着くことだけが人生ではなく、その道中で誰かと交わす言葉や、立ち止まる時間にこそ大切なものが詰まっているのだと教えてもらいました。新年の静かな空気の中で、この優しくてスロウな物語に出会えたことを、一人の視聴者として心から嬉しく思っています。
出来るだけ自分のペースを大切にしながら、ゆっくりとこれからの人生を歩んでいきたいものです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
皆さんの感想も、ぜひお聞かせください!


上映後ロビー