【アニメレビュー】「アメリと雨の物語」/ベルギーの感性が捉えた、瑞々しくも哲学的な日本の記憶の結晶

アニメ

【アメリと雨の物語】

  • 鑑賞日 2026/03/25
  • 公開年 2026
  • 監督 マイリス・ヴァラード、リアン=チョー・ハン
  • 脚本 マイリス・ヴァラード、リアン=チョー・ハン
  • キャスト 永尾柚乃(アメリ)、花澤香菜、早見沙織、深見梨加、大森南朋(ナレーション/パパ)
  • あらすじ 1960年代の神戸。外交官の家庭に生まれたベルギー人の少女アメリは、2歳半まで周囲に無反応な状態だったが、ある日突然「神」としての意識に目覚める。自らを中心として回る世界を、独特の感性で捉え、楽しむアメリ。家政婦のニシオさんやカシマさん、そして家族との生活は、彼女にとって冒険と発見の連続だった。日本独自の文化や四季に触れながら成長していく少女の瑞々しい視点を描く、自伝的アニメーション。
  • ジャンル フランス映画、ベルギー映画、ドラマ、ヒューマン.
  • 鑑賞媒体 映画館 吹き替え版
  • お気に入り ◎(×、△、〇、◎の四段階)

感想

この映画を観に行く時、外は雨が降っていて、正直なところ外出するのがめんどくさいなと思っていました。けれど、この作品で描かれるアメリの雨は、まさに「降る雨の雨」。鑑賞が終わった後には、その雨がとても違って見えて、なんだか愛おしくなってしまいました。

ベルギー制作による日本を舞台にしたアニメという、なかなか普段は見かけない珍しい組み合わせなのですが、外国の方から見た日本はこんな風に見えるのかと、とても新鮮でした。

原作者が幼少期、実際日本で過ごした数年間を元にした自伝なのですが、小説家になるだけあって、なるほどとてつもない感性の持ち主です。 幼少期からこれだけの感性を持つ子供が、春夏春冬を持つ日本で過ごしたのは、神の采配と言っても過言ではありません。

奇跡的な映像化と異国の色彩

とにかく背景のクオリティがもの凄くて、ただ写実的なだけじゃなく、一番難しい「アート的」に作るということに大成功しています。日本人の目から見た日本を描く水彩っぽい背景とは、全く違った色使いでしたね。何かバターっぽいというか、粘度があるというか、独特の感性があって大変見応えがありました。

雨の水滴の一つ一つや、日本家屋のきしみの音、鯉のブサイクな餌の食べ方、そして戦後の日本における灯籠流しの意味合いなど、日本固有の文化や自然が、ベルギー人の目を通してこのように昇華されるんだという描写の数々には心底感動です。

100歩譲って、それらを小説で表現することはできたとしましょう。けれど、第三者がこれらの描写の数々を細かに映像化するなんていうのは、奇跡としか言いようがありません。どういうコミュニケーションをとれば、こんなに見事なアニメーションが出力できるのでしょうか。小説にしかできないこと、映画にしかできないことがあるように、アニメーションにしかできない表現を、今作ではふんだんに500%使いまくっています。ちゃんとアニメで観られてよかったなと思える作品です。

躍動する子供の主観と重力

人物の動きにも躍動感があって、ちゃんと重力を感じるのに、どこかふわふわとしていて。ジブリにつながるような、子供の自由な動きを完全に描き切っていました。

女性作家さんが描く少女漫画でも毎回本当に思うことなんですけど、よくこれほど当時の気持ちを忘れずに自分の中に残していて、それを正確にアウトプットできるものだなと感心してしまいます。今作も同様に、この2歳から5歳あたりの当時の感覚をみずみずしく自分の中に残して、大人になっても忘れずに、かつそれを僕らにわかるように出力できるなんて、本当にすごいです。

みんな生まれた時は自分が神様で、自分を中心に世界が回っていて、唯我独尊で、全てのものが自分のためにあると思っていた。そんなあの頃の感覚が見事に鮮明に描かれていて、たくさんの共感を得られたと思います。同時に、そんな幸せな子供時代を過ごせなかった子供もたくさんいるわけで、その苦しみや悲しさについても、子供時代に戦争を体験したニシオさんやカシマさんというキャラクターを通して表現できているのが、ものすごかった。

1歳半のアメリがいろいろ達観したような状態で物語が進行するのですが、不思議とそこに違和感はありません。実は子供たちはみな、言語化しないだけでこのような哲学めいた真理を持って生まれているのではないかと思わせてくれます。もともと持っている純粋な確信が、過酷な世界を生き延びるために、大人になるにつれ逆に麻痺し、汚れていくような感覚ですね。それをこの作品を観て、「ああ、自分もこうだったかも」と思い出させてくれる、めちゃくちゃ稀有な映画です。

世界がひっくり返るほどの衝撃

今作を観て、特に自分の時もそうだったなって鋭く思い出したことがありました。それは、大人になったら軽く笑って過ごすようなことでも、あの頃は「人生が終わる」ような、「世界が崩れる」ようなショックを受けていたんだなということです。

それぐらい様々な事が子供にとっては巨大な出来事で、僕たちもその目線に立って子供たちと接しなきゃいけないと改めて思わされました。特にアメリがベルギーに帰らなければいけないと聞いた時、彼女は死を覚悟するぐらいのショックを受けるのですが、大人からしたら「どうしてそんなことで」と思うようなことかもしれません。

でも、僕も実際、日本からアルゼンチンへと数回引っ越しを繰り返した時に、多大なショックを受けたことを思い出しました。これは大人と子供の間だけではなく、大人同士でも同じですよね。自分にとっては取るに足らない悩みだとしても、相手にとっては世界がひっくり返るぐらいの大事なのかもしれない。相手の立場に立って思いやるという普遍的なテーマを、アメリを通して考えさせられます。

また、アメリは作中で2回死にかけます。これが作者の実体験かどうかは分かりませんが、現代日本だと「親の管理不足だ」と叩かれまくることでしょう。ただ子供というものは、親がいくら気を付けていたとしても、こういう、なんてことない一瞬で死んでしまうのだという、そういう恐ろしさを描いているように思いました。そんな危うくて脆い生命体を、ちゃんと成人まで育ててくれた親には感謝しかありません。

魂の交流と国によって異なる家族観

ベルギー人と日本人の家族に対する価値観の違いなのか、アメリのメンターとなる人間が両親や兄弟ではなく、常に外部にいたのがとても興味深かったです。一人は祖母で、もう一人はお手伝いのニシオさん。この二人が両親をはるかに凌駕するほどのソウルメイトとなっていくのですが、だからといって決して両親を軽んじているわけでもなく、しっかり絆はあります。日本の血縁を重視する、悪く言えばドロドロした身内関係とはちょっと違った描き方で、ものすごく新鮮で楽しかったです。

ある種、個を尊重しているような、親子であっても別々の人間という割り切った感じがとても爽やかでした。祖母という一段階血が薄くなった関係と、ニシオさんという全く血も繋がっていない、国籍も違う他人。そこと絆を深めていくアメリの感性がとても面白いです。

お姉ちゃんやお兄ちゃんの描写に関しても、大人から見たら3人まとめて「子供」と一緒くたにしがちですが、アメリの目から見たお姉ちゃんはやたら大人に見えて色っぽく、お兄ちゃんは年上だけどまだまだガキのような感じで、それがちゃんとキャラデザインに反映されていてすごかった。

戦後復興期の日本という舞台

1960年代という戦後復興期の日本。まだ戦争から地続きで生きている時代で、カシマさんもニシオさんも大切な人をその戦争で亡くしているのですが、アメリに向ける目は両者対極。

「あの戦争を忘れるべからず」と胸に秘め続けているカシマさんと、「未来に向けて歩み始めるべし」と前を向くニシオさん。どちらの気持ちも痛いほどわかるし、そしてその両者の思いを、かつて敵国であったベルギー人のアメリが引き継いで成長していくという流れが、かけがえなくとてつもなく素晴らしい。

特にニシオさんが自分の戦争体験をカレーを作りながら語るシーンのシークエンスは圧巻です。食材を切る音が軍靴の足音に重なり、鍋に落とすジャガイモなどが爆弾の音に変わる。生と死、そして殺すことと食べること。あらゆる対比がこのシークエンスに詰まっていて、子供が観ても直感的に分かる演出がこのように作品中に散りばめられています。

アートに逃げない真っ向勝負のエンターテイメント

予告で「まずは神がいた」のようなセリフが入るので、どこかの宗教団体が作った映画かと身構えてしまうのですが、全くそんなことはなく純粋な映像作品です。

難しいアート作品に思われがちですけど、幅広い色んな層が観ても直感的に感動できる作りになっていて、沢山の人にオススメできます。哲学や芸術を突き詰めた作品ももちろんいいのですが、時にはそれが「逃げ」となってしまう場合もあります。今作はそれらをちゃんとエンターテイメントとして、しっかりしたアニメーションで描いておりました。

それらを事さら説教臭くしたり、お涙頂戴にしたりするのではなく、セリフで説明せずに見事なアニメーションと描写で、こちらにストレートに伝えてくれます。現在は友好関係にある日本とベルギーですが、こんなにも丁寧に日本のことを思い、作品にしてくれたことに感謝が止まりません。

一人の少女と僕を繋いでくれる歴史のダイナミズム

数年間日本に住んだたった一人の外国の少女の体験を、時を経てこの作品を通して僕が知るという、この歴史のダイナミズムには鳥肌が立ちまくりです。こういう体験ができるのが、映画の本当に美しい所です。

子供が体験する大切な人との別れ、思い通りにいかないこと、自分のルーツや血筋、日本人とは、ベルギー人とは、世界の彩りや、移りゆく春夏秋冬。それらのかけがえなく愛しいイニシエーションを、当時敗戦国であり大きな傷を抱えた日本という舞台で描いてくれたことを、心から感謝いたします。素晴らしい映画でした。


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