【嗤う蟲】
- 鑑賞日 2025/1/29
- 公開年 2025
- 監督 城定秀夫
- 脚本 城定秀夫、内藤瑛亮
- キャスト 深川麻衣、若葉竜也、松浦祐也、片岡礼子、中山功太、杉田かおる、田口トモロヲ
- あらすじ 都会での生活に疲れ、田舎でスローライフを送ることを夢見ていた夫婦が、とある村に移住する。しかし、村には恐ろしい「掟」が隠されており、夫婦は狂気じみた村人たちによって徐々に追い詰められていく。日本各地で実際に起きた「村八分」事件をベースにしたヴィレッジスリラーです。
- ジャンル 日本映画 ドラマ スリラー
- 鑑賞媒体 映画館
- お気に入り ◎(×、△、〇、◎の四段階)
感想
大好物のヴィレッジミステリー!
田舎育ちの僕としては、この手の作品に描かれる人間関係が本当に他人事とは思えなくて、終始ゾクゾクワクワクしながら楽しむことができました。
リアルすぎる田舎のコミュニティ描写
よくテレビ番組などで「都会の人間関係に疲れた人は、田舎でスローライフを」といった内容を見かけますが、田舎育ちの僕からすると「いやいや、田舎の方が人間関係のコミュ力倍いるけどなぁ」と思ってしまいます。本作には、まさにそんな田舎特有の濃密な人間関係の描写がゴロゴロと出てきて、思わずニヤリとしてしまいました。
例えば、物語の冒頭でお隣さんからいただいたお野菜を使って、主人公たちがチーズフォンデュをしているシーンがあります。煮物や鍋料理ではなく、あえてこのメニューを設定し、「都会からやってきた浮かれ者」感を絶妙に醸し出しているのが、なんとも意地悪な演出で最高ですね。
さらには、周囲から「お子さんはまだなの?」と執拗にデリカシーなく聞かれたり、「妊娠にはこれが良いから食べなさい」と嫌いな食べ物を押し付けられたりする場面もあります。
良くも悪くも、相手のパーソナルスペースにズカズカと侵入してくる描写が本当にリアルです。この独特の空気感が、合う人にとっては「温かい」と感じられますし、合わない人にとっては「鬱陶しい」となってしまうのが、田舎暮らしの非常に難しいところだと思います。
実際、僕の生まれ育った田舎でも、家のドアに鍵なんてほとんど閉めませんでしたし、隣近所の噂話はあっという間に広がっていました。しかしその一方で、そういった強固なコミュニティがあるからこそ、外部から不審な人物が入ってきたらすぐに分かりますし、地域一帯全員で子供たちを守って育てることもできます。また、何か災害があったときには、村中が一致団結して助け合う強さもあります。
近所にスーパーや電車や病院があり、最悪一人で生きていける都会と違い、力を合わせないと生き残れない郊外の、当然の生存戦略です。このように、どこに住んでも良い面と悪い面があり、すべてに関して清濁併せ呑むようなグラデーションになっていることは伝えておきたい所です。
ちなみに、僕は幼少期にアルゼンチンに住んでいたことがあるのですが、あちらの日系コミュニティは、日本の田舎をさらに100倍ほど濃縮したような世界でした。祖国から突然異国のジャングルに放り投げられ、移民として命がけで開拓しないといけない世界でしたから、強固な絆になるのは当然です。それもまた、良くも悪くも強烈な思い出として残っています。ですから、田舎も都会も、あるいは国内も国外も、それぞれに一長一短があるのだと考えております。
記号化されない村人と「ありがっさま」の響き
本作の素晴らしいところは、いかにも「分かりやすい嫌な村人」という極端な描き方をしていない点です。根っからの悪人というわけではなく、「悪い人ではないんだけれど、ちょっと面倒くさいな……」と感じさせる、絶妙なリアリティが保たれています。すべては親切心から行動してくれているので、こちらも本気で怒るほどではないという塩梅が、観ていて本当にリアルで引き込まれました。
そして、作中で何度も耳にする「ありがっさま」という言葉。実際に奄美地方などで使われている「ありがとうございます」という意味の方言らしいのですが、映画の中での使われ方が本当に秀逸です。笑えるけど、同時に怖くもあるという、絶妙な宗教的な言い方になっていて、この言葉のチョイスには脱帽しました。「この人さすがにメンドクサさの度が過ぎてるぞ!」とキレようとした瞬間に「ありがっさま~♪」と満面の笑みで言われてグっと怒りを抑えつけれられる感じ。いやぁ~、もう観ててゾクゾクです。
新鮮な因習の設定と絶妙なプロット
また、今作のストーリーで特に面白いと感じたのが、よくある因習村ホラーのように「何百年前から続く血塗られた呪い」といった設定にしなかった点です。実は、10年前に災害で一度滅びかけたところから物語が始まっています。
その村の滅びを救った「タクボさん」という人物と、彼が村を救うために用いた方法からすべてが始まっているのです。つまり、非常に歴史の浅い因習が描かれているわけですが、この設定がとても新鮮で興味深い。
歴史の「浅さ」こそが、主人公たちの勝ち筋に繋がっていくというプロットの組み立て方が実に見事でした。これがもし、何百年も前から強固に築き上げられてきた伝統だったとしたら、新参者である主人公たちが立ち向かうのは極めて困難だったはずです。「ガンニバル」では主人公の狂気が物事を解決し、今作は因習の浅さが物事を解決する訳ですね。
さらに、作品全体の胸糞悪さの塩梅もちょうど良く、新婦が村の男たちに乱暴されたり、赤ちゃんが生贄に捧げられたりするような、胸糞で過度なグロテスクさはありません。村人たちにも彼らなりの正義があり道徳があり、それに基づいて理性的な行動をとるため、エンターテインメントとして非常に楽しく観ることができました。
逃げられない心理的包囲網と男女の心理
村の規模感についても、完全に外界と隔絶された超絶過疎地という極端な場所じゃないところがリアルでした。金田一システムの様に、別につり橋が落ちて隔離されるわけでもありませんし、嵐の孤島という訳でもなく、その気になればいつでも物理的に脱出できる環境です。にもかかわらず、主人公たちを「脱出させないライン」へとじわじわと落とし込んでいく村人たちの手練手管が、まぁ実に見事でした。
また、劇中での男女の対比も非常に面白かったです。イメージとしては、女性の方がコミュニティを大切にしてその場に馴染みそうな気がしますが、本作では夫の方がどんどん村に迎合していき、逆に妻の方がずっと不信感を抱き続けます。
考えてみれば、男性の方が強い権力や大きな力に対してあっさりと屈しやすく、同調圧力に飲まれやすい性質があるのかもしれません。ある種、原始時代の頃からDNAに刻み込まれている「ボス猿には絶対に逆らえない」という上下関係の構図を見ているようで、非常に興味深い描写でした。
役者陣では、特に杉田かおるさんの演技が素晴らしくて大好きになりました。あの独特の「目」の表現が本当に最高で、悪意なくズカズカとこちらのテリトリーを侵食してくる様は、もう最強の姑ヴィランです。勝てる気がしない!
清濁を併せ持つ作品の魅力
映画『嗤う蟲』は、田舎の持つ温かさと閉鎖性の両面を巧みに描き出した、実に見応えのあるヴィレッジミステリーでした。
都会も田舎も、それぞれに一長一短がありますが、そのグラデーションを見事にエンターテインメントとして昇華させた本作に出会えて良かったです。素晴らしい映画体験を、「ありがっさま~♪」
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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