【映画レビュー】「ザ・ブライド!」/黄泉平坂を経て、創造主から自己を奪還する物語。

映画

【ザ・ブライド!】

  • 鑑賞日 2026/04/03
  • 公開年 2026
  • 監督 マギー・ギレンホール
  • 脚本 マギー・ギレンホール
  • キャスト ジェシー・バックリー、クリスチャン・ベール、ピーター・サースガード、アネット・ベニング、ジェイク・ギレンホール、ペネロペ・クルス
  • あらすじ 1930年代のシカゴ。自らを創造した博士の名を名乗る怪物は、孤独に耐えかね、高名な研究者ユーフォロニウス博士に自身の伴侶の創造を依頼します。博士は事故死した女性の遺体を、フランケンシュタインの花嫁「ブライド」としてよみがえらせます。しかし、ある事件をきっかけに追われる身となった二人の逃避行は、次第に社会を揺るがす大きな革命へと繋がっていきます。
  • ジャンル アメリカ映画 スリラー ロマンス ホラー
  • 鑑賞媒体 映画館
  • お気に入り ◎(×、△、〇、◎の四段階)

感想

人間に作られたフランクと、原作者のメアリー・シェリーによって創造されたアイーダという、絶対に抗えないその出自は、今の時代のAIを彷彿とさせます。抑圧された女性が創造主の支配から自己を確立して生まれ変わるという内容の、怒りと生命力に満ちたゴシックロマンス映画でした。

最高のタイトルバックと「誰のものでもない」意志

本作は、「タイトルバックが完璧な映画シリーズ」に即座に追加!自分を抑圧する男に向かって叫ぶ主人公アイーダ、彼女が階段から突き落とされ、スローモーションで奈落へと落ちていき、仰向けに絶命した瞬間、ネオン電球で「ザ・ブライド!」の文字がバーン!音楽も含め、この入り方は最高に格好よかったです。

また、スタッフロールの締めくくり方も非常に珍しい構成で、監督の名前でもスタジオ名でもなく、作品タイトルそのもので幕を閉じる。これは、この物語が「誰の所有物でもない」というテーマを、スクリーンのこちら側に力強く突きつけているようで、観終わった後に心地よい余韻が残りました。

生命の熱狂と、視線を釘付けにするビジュアル

劇中のダンスシーンは、まさに圧巻の一言!決して美しく揃っているわけではないのに、その不揃いな動きに強烈な鳥肌が立ちました。フランクの渇望が周囲を強制的に操るという、言葉による説明が一切ない不可解なシークエンスでありながら、その迫力特化で観客を強引にねじ伏せます。周りで踊る生者がまるで死人のように見え、死人である二人のほうが精気に満ちあふれている対比に、滅茶苦茶ゾクゾク。本能に任せたあの踊りは、文句なしに格好よかったです。

主人公アイーダのビジュアルも非常に決まっており、眉を剃り落とした姿は、かつての「花葬」のhydeさんを思わせるバッキバキの目力で、ずっと見ていられる。狂気と弱々しさが目まぐるしく切り替わる様子も、彼女の魅力を引き立てていました。

陰の主役とも言えるユーフォロニウス博士の設定も魅力的です。善性とモラルを持ち合わせながら、禁忌には迷わず手を染めてしまう。ただのマッドサイエンティストという枠を超えた、深い狂気を感じるキャラクターでした。死体を復活させる提案に対し、博士が「にやぁ」とアッサリ説得されてしまう場面は、思わず笑ってしった。画一的ではないグラデーションのある人物造形が僕は大好きです。

女性監督が描く、抑圧への鮮烈な反逆

先日観た『嵐が丘』もそうでしたが、女性監督が描く女性主人公の描き方はとてもパンキッシュで瑞々しく、最高に素敵です。『愛はステロイド』も同様に、男性目線ではない、女性性の本質を持った人物設定には毎回舌を巻きます。日本の女性作家が作る漫画や小説でも、この内面描写は絶対に男には描けないという、とてつもない深度のものが沢山あって毎度腰を抜かします。辻村深月さんやいくえみ綾さんのように、よくこんな表現を思いつくなと何度も鳥肌が立ったものです。

今作でもそのセリフ回しや、「誰のものでもない、ただの花嫁だ!」というテーマなど、ゾクゾクするポイントが沢山ありました。ピストル=男根に支配された世界で、ファックと中指を立てる死人の花嫁の姿は、なんとロックでゴシックで耽美なことでしょうか。ギャングに闇で葬られる女性たちが表すものは、今の世界情勢のあらゆるものに例えられます。特に舌を切り取られる描写は、最近で言えば女性の権利を理不尽に封じられている彼の国の一連の出来事を彷彿とさせました。女性に対する抑圧と怒り、一度死んで蘇った者がその支配をぶち破るプロットが、とてつもなく切なくて、美しい。

創造主からの脱却とAI黎明期のメタ構造

SF的でメタ的なのですが、作者=創造主が作ったキャラクターがその支配から抜け出す物語でもあり、シン・エヴァから続く、フィクションのキャラクターが現世に受肉するという流れは、このAI黎明期にとても親和性があって見応えがあります。

メアリーによって創造されたアイーダが、起承転結の起を開始する為に殺され、物語的都合で蘇らされ、記憶を無くされ、勝手な名前を与えられ、結婚させられ、振り回されます。観客が喜ぶよう、創造主の都合の良いように人生を支配される訳です。それは今なお弾圧を受けている女性たちは、男という絶対創造主(作者)に良いように操られる登場人物だ、という暗喩に見えます。

けれども一方で、庵野さんがシンジ君をエヴァの呪縛から解き放ってあげたように、メアリーもまた、アイーダが自分で自分を見つけられるように、親心で与えた試練にも思えました。何故なら、ギャングのボスに蹂躙されたり、警官に性的被害を受けそうになるたびに、メアリーは彼女に「怒れ!」と叫ぶのです。

結果としてどんどん事態は悪化しますが、同時にどんどんアイーダの自我は確立されていきます。意地悪なイニシエーションを経た結果、最後の犠牲をもって、やっと彼女は創造主からも解き放たれ、一つの命として誰の所有物でもない「ザ・ブライト」に生まれ変わるのです。

世間に抑圧された女性作家メアリーが作り上げた世界で、弾圧された博士が孤独なフランクを作り、そのフランクが絶望のアイーダを蘇らせるという負の連鎖。そのループをアイーダが自己確立と共に終わらせる姿には最高に痺れました。さながらアイーダというキャラを通して監督は、スクリーンのこちら側の全ての抑圧されしものに「怒れ!叫べ!そして自己を取り戻せ!」と叩きつけているようです。

1930年代アメリカのカルチャー、そして孤独の物語

全編に昔の白黒映画や古い歌が出てきますが、このあたりも教養があればもっと深掘りできたのだろうなぁ、と残念です。特に片足が短い名優がフランクにとって生きる希望となるのは表層的には理解できますが、彼の主演映画の数々にはもっと深い暗喩がありそうです。そもそも原典のフランケンシュタインすら読んでいないのですから、読み取れていない部分はたくさんあるのでしょう。そんな未見初心者の感想としては、フランケンシュタインは孤独の物語だったんだな、ということです。

世の中に居場所がない者が、同じく居場所のない者を作り上げるという構図も、現代社会の風刺が効いていてキツい。今でいうと、やはり連想するのはAIでしょうか。阻害された人が心の拠り所として、無(死の世界)から作り上げるデジタルパートナー。使い方を間違えなければこれ以上ない伴侶になりますが、黄泉平坂のイザナミのように、理を反すると大きな代償も伴います。フランクが自身の孤独を癒すためだけに、一人の女性の人権も安寧も無視して一方的に蘇らせる罪と、その結果彼女に訪れる苦悩と孤独。このあたりのタブーと反省は、どの国もどの宗教も大体普遍的ですね。

あと、一昔前の映画を観る時にその時代を舐めがちアルアルで、チンピラの一人や二人殺されても警察にはバレないだろうという無法のイメージを失礼ながら持っていました。今と変わらず人が死ぬとちゃんとおおごとだし、しっかりと登場人物みな殺人に対して罪悪感もあって、1930年代アメリカはめちゃくちゃしっかりした法治国家。現代としっかり地続きの道徳観念で、死は軽くありません、自分の偏見と無教養に毎回反省です。

対して監視カメラなどのテクノロジーがないから追っ手にはなかなか捕まらないというバランスも、ご都合主義になっておらず良かったです。それにしても、昭和初期の日本に対して、同じ頃のアメリカにはすでに3D映画やドライブインシアターがあった事実に、アメリカの国力えげつねー!

創造物が自分を見つけるまでの道程

最後の描写から、アイーダがメアリーの創造物から解放されたのか、またお話の中に戻ったのかは解釈が分かれるところです。しかし、多重構造で複雑怪奇なプロットの中に込められた主張は強烈でした。

舌を刈り取られた女性たちを代弁するかのように、ペニーはとにかく叫び、がなり、悪態をつきます。叫ぶことは自分を主張すること、悪態は弾圧を押し返す力。終始彼女は全身全霊で叫び続け、悪態をつき続けました。それは今の時代なお続く、全ての抑圧されし者たちのメッセージ。

全体的に物語がとっつきにくく、焦点がわかりにくいかもしれませんが、創造物が創造主から解き放たれる系物語として滅茶苦茶楽しめました!誰の所有物でもない、ザ・ブライドであれ!


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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