【脛齧りの森】
- 鑑賞日 2026/04/11
- 公開年 2026
- 監督 渡辺一貴
- 脚本 渡辺一貴
- キャスト 高橋一生、蒼戸虹子、黒崎煌代
- あらすじ 「岸辺露伴は動かない」シリーズの監督・渡辺一貴と主演・高橋一生のタッグによるオリジナル作品。岡山県に伝わる妖怪「脛擦り(すねこすり)」に着想を得て、深い森の中を舞台に、神秘的で美しく、そして残酷な愛の物語を描き出しています。人里から離れた深い森の中、足に傷を負った若い男は、女の甘い歌声に導かれ、古めかしい神社にたどり着きます。そこには謎の男と、若く美しい妻・さゆりが暮らしていました。看病を受け、傷も癒えた若い男は、そこで夢のような、時の止まったかのような時間を過ごします。繰り返される穏やかな日々は、まるで永遠に続くかに思えたのですが……。渡辺監督が実際に岡山県の森に足を運び、その地に伝わる物語からインスピレーションを受けてオリジナル脚本を執筆。岡山県の高梁市や新見市で撮影が行われました。
- ジャンル 日本映画 ドラマ ファンタジー
- 鑑賞媒体 映画館
- お気に入り △(×、△、〇、◎の四段階)
感想
いやぁ、これ映画にしていいの?ってくらいストーリーを徹底的に排除して、完全に雰囲気映画に吹っ切った仕上がり。森の綺麗な映像と、相当こだわったであろう音響とで、必ず映画館で見なければいけない作品なのですが、そのあまりの物語性のなさに、映画料金を払ってみるのがちょっと疑問になる矛盾も感じてしまう、異質な作品でした。
没入を誘う森の映像と音響、しかし物語は空虚なままに。
森に迷い込んだ主人公のように、観客も映像と音に没入させて、同じように迷い込んだ異世界感を与えたかったと推察しますが、その為に全編めちゃくちゃ間が長いです。長回しをこれでもかと使い、たっぷりと情緒いっぱいに描いています。ですが、それだけ尺を無理やり延ばしても60分で終わってしまう位、物語性はバッサリカット。
この脛擦りという妖怪をなぜ映画にしたかったのだろうか、と頑張って深読みをしてみるも、人生はこんな感じで囚われた繰り返しなのだ、と言いたいのかなぁ、くらいが僕の頭では関の山でした。だし、そもそもそういう考察や深読みは一切しなくていい、と制作者が言っている内容のようにも思えます。
男が迷い込み、綺麗な妖怪に囚われ、代わりに元いた男が解放される。何百回と聞いたようなネタを、特に深いテーマはなく、そのまま額面通りに描いて終わっておりました。鑑賞後の今も、一体どういう姿勢で楽しむのが正解だったのか、答えが出ません。
透明な空気感に対しての、物語の不在
正直なところ、これがオムニバスに3話分くらい他の妖怪の話があって、やっと映画料金を払って観て良かったかな、という印象です。本当に驚くほど物語がないので、テレビ番組の『世にも奇妙な物語』の1話30分くらいの満足度です。日本に数多ある妖怪物語や小咄、伝記、奇譚の数々のような、短いながらも圧倒的な空気感、恐ろしさ、異世界感を作り上げる事には成功していないように個人的には思えました。綺麗な映像と音響は良かったのですが、残念ながらそれを超える没入感や陶酔感は得られなかったのです。
ロケ地のお寺は素晴らしかったですし、雪景色も美しかったのですが、やはり異常な長尺だらけで、疲れちゃったのかもしれません。完全ホラーだったらもっと楽しめたかも。
感情移入を拒む人物造形と、世界への興味の低さ
迷い込む男性も、意図した人物造形だとは思うのですが、だいぶ厚かましく、ヘラヘラしながら人の妻を寝取る最高に嫌な奴で感情移入できず、それも長尺の疲れに拍車をかけます。
そういう人物だから、脛擦りの妖怪に囚われたということなのでしょうか。「脛に傷がある」という言葉遊びを楽しめばいいのかな?美人な人妻にもなびかない良い奴だったら、あそこを抜け出せていたということなのかしら。ということは、高橋一生さん役のおじいさんも人の妻を平気で寝取る嫌なヤツだったのかなぁと小さな疑問は色々浮かびます。
だからといってその謎が強烈な訴求力になるわけでもなく、鑑賞中の喜びにはつながらなかったのが残念でした。
男性二人の過去や属性、背骨や背景も何も描かないのでドラマ部分での楽しみはあえて捨てており、かといって妖怪ホラーのスリルもありません。なんだったら仕事もせずに美人と山奥でひっそりと、そういう生き方も悪くないかもね、と思わせるようなライトな作りです。もちろん虚ろな目で延々囲碁を打っているおじいさんが、その空虚な人生を体現はしているのですが、それでもこの現実世界に蔓延っている超過酷な戦争や虐待や貧困に比べたら、脛擦りに囚われた方がマシかも、と思わせてしまうのがテーマとして不明瞭に感じました。
であれば、ひたすら美しい映像にどっぷり浸れたかというと、そこも固定画角で映すだけの資料映像に近いテイストなので物足りず、今や解像度の高いだけの映像は巷に溢れかえっているので、監督にしか描けないゾクゾクした構図をどうしても期待してしまったなぁ…
演出の不足と没入感を得る難しさ
言語化が難しいのですが、こういった作りの映画が嫌いというわけでは決してありません。例えば『九龍ジェネリックロマンス』のように(あれはちゃんとドラマがありましたけれど)、九龍城の世界にどっぷり浸れて鑑賞後もなかなかあの世界から抜け出せないほどに没入できた映画も多々あります。
それはただ綺麗なロケ地や音楽だけに頼るのでなく、観客を没入させるためのカメラアングルや小道具、音楽の使い方などの演出を監督が緻密に計算していたからの結果だと思うのです。アニメの『まんが日本昔ばなし』もそうですし、「オズの魔法使い」も然り、Netflixの『ブラック・ミラー』も然りです。
今作は個人的な感想ですが、綺麗な森と荘厳な寺を定点視点でただ映していただけ、に思えてしまって、前述した作品群のような、観客が異世界にどっぷり浸れるような「演出」がなかったように思いました。もちろん意図して廃したのかもしれませんけれど。
作品そのものより、舞台裏への興味
『岸辺露伴シリーズ』の監督と高橋一生さんのタッグということで、どうしても荒木飛呂彦レベルの怪奇を期待してしまいました。あのクセありまくりの原作をただ再現するだけでなく、ちゃんと噛み砕いて取捨選択して、監督ならではの「表現」にできていたすごい方なので、単純に僕の好みではなかった、ということなのでしょう。
実際映画館という環境とはいえ、なんやかんや最後までしっかり観られました。ただ序盤からもう話の筋もオチもわかる構成なので、何回も「え、まさかここで終わらないよね」とハラハラしてしまったのも事実。もうちょっと値段の安いミニシアター系の劇場で観ていたら感想が変わったのかもしれません。お金がもったいない、とかそういう意味合いではなく、他の作品群と同列の価格帯というのがちょっと申し訳なくなる感じでした。
ウイスキーとか日本酒を飲みながら、ちょっと酩酊した状態でしっぽり観られたら物凄くハマれたかもしれません。あと、あれだけの幽玄なお寺はすごかったですし、いつか行ってみたいです。高橋一生さんの手の老けメイクもすごかった。
入場特典がアニメ絵の脛擦り妖怪ボスとカードだったので、原作は漫画なのかな?と思いましたが、監督のオリジナル脚本とのこと。これもなかなか映画内容とはかけ離れたアンバランスな、奇妙な特典でした。映画化の経緯や、このプロットが会議を通った理由、これだけの館数での上映、そしてこの特典と、いろいろ舞台裏に興味が湧く不思議な一作でしたね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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