【映画レビュー】「ザ・ルーム・ネクストドア」

映画

【ザ・ルーム・ネクストドア】

  • 鑑賞日 2025/02/05
  • 公開年 2024
  • 監督 ペドロ・アルモドバル
  • 脚本 ペドロ・アルモドバル
  • キャスト ティルダ・スウィントン、ジュリアン・ムーア、ジョン・タートゥーロ、アレッサンドロ・ニヴォラ
  • あらすじ スペインの名匠ペドロ・アルモドバルによる初の長編英語劇で、2024年・第81回ベネチア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞したヒューマンドラマ。ティルダ・スウィントンとジュリアン・ムーアという当代きっての演技派の2人が共演し、病に侵され安楽死を望む女性と、彼女に寄り添う親友のかけがえのない数日間を描く。
  • ジャンル アメリカ映画,スペイン映画,ドラマ,考えさせられる
  • 鑑賞媒体 映画館
  • お気に入り ◎(×、△、〇、◎の四段階)

感想

劇中に出てくる「最後に痙攣せず、少しの尊厳をもって旅立ちたい」という言葉が、観終わった後もずっと残ってます。

静かな山奥にある、それは綺麗な別荘で、違法な安楽死の薬を使って苦しまずに最後を迎えるという物語なのですが、色々な感情が押し寄せてきて、なんだか今夜はあまり寝られそうにないな思いました。

この作品は、観客が持っている宗教や死生観によって、かなり感想が変わる映画だと思います。僕はどちらかというと、この映画で描かれるような死生観に近いところがあるので、観ながら大分に感情移入することができました。もしもこれくらいお金に余裕があるなら、本当に理想的な旅立ち方なのではないかな、と思ってしまいます。

美しき理想郷と「特権的」な選択

死を自分で選ぶという、非常に重いテーマを扱っているお話なのですが、それとは対照的に、劇中で描かれる景色が物凄く綺麗です。こんな美しい場所で最後を迎えることができるなら、それもいいかもしれないな、と思わせてくれるだけの説得力が劇中には溢れていました。

映像だけでなく、一つ一つの音や鳥の声までもが美しく配置されていて、映画館の音響が本当に素晴らしかったです。とても静かな物語ですが、だからこそ全集中して作品に没頭できる映画館という空間で観られて本当に良かったと感じています。

しかし、もちろんこれは綺麗なだけの映画ではありません。物凄く恵まれていて、金銭的な余裕がある人じゃないと選べない最後ですし、生きたくても生きられなかった人たちの視点から見れば、非常に贅沢な話でもあるからです。

この作品が、単なるアート映画や、いわゆる「お気持ち映画」になっていないのは、そういった現実のいやーな部分や冷徹な側面も、画面からしっかり感じ取れるように作られているからだと思います。ここはあくまで、ある種の選民的な理想郷なのだなと考えさせられます。

ティルダさんが体現する美学と、高度なユーモア

この「尊厳を持って死にたい」という理想の最後に対して、ティルダ・スウィントンさんのキャラクター性がものすごい親和性を持って迫ってきます。彼女が演じるキャラクターは、達観していて凛としているのですが、決して無敵の存在ではなく、ちゃんとした人間らしい弱さがあり、死への恐怖も感じているのです。

彼女は中性的なビジュアルで、毎日髪型をビシッと決めていて、着るものも日々オシャレ中のオシャレを楽しんでいます。これだけ自分の美にこだわりを持っている人物だからこそ、病などで醜くなってしまう前に自分の意志で生涯を終えたいのだ、という動機にものすごい説得力がありました。

かつて戦場記者として活動し、理不尽な死を数多見てきた彼女が、なぜこの選択をしたのか。平和な国のお金持ちだけが選べる、ある種の特権的な選択肢を彼女があえて選んだ理由について、深く考え込んでしまいます。

また、劇中で二人の関係性を安易に恋人同士にしたり、無二の親友同士にしたりしなかった点も深みがありました。そして、行動を共にする動機として彼女を小説家という設定にしたのも実に見事です。

シリアスな中にも確かに存在するほのかな(笑)

作中では、薬を飲んで旅立ったら「朝、部屋の扉を閉めておく」という約束が話の軸になっているのですが、物語の結構早めの段階でその扉が閉まっている描写があり、僕は観ながら思わず「ドキイッ」としてしまいました。

しかしながら、その後にひょっこりはんよろしく、彼女が「え、ごめんごめん」と普通に部屋から出てくるので、思わず「生きとったんか、われぇ!」と脳内で叫びました。あれは本当に、滅茶苦茶に高度な振りと笑いになっていて、僕がすごく好きなシーンの一つです。

このように、深刻な状況の中にも、ふとした瞬間にウィットに富んだユーモアが散りばめられており、この軽やかさがあるからこそ、僕は重苦しさに押しつぶされることなく、最後までじっくりと観ることができたのだと思います。

名優たちの息をのむ対話と、鮮やかな色彩の魔術

ティルダ・スウィントンとジュリアン・ムーアという、現代を代表する名優二人のやり取りはまさに圧巻です。過剰に叫んだり、涙を流したりするような分かりやすい演出ではなく、静かな視線の交わし方や落ち着いた会話だけで、長年の空白を埋める二人の友情と、死への覚悟を表現しており、その演技の重厚さにぐいぐいと引き込まれていきました。

小説家と戦場カメラマンである二人の主人公が交わす会話は、非常に文学的で思索に富んでいます。死に対する純粋な恐怖、過去に抱えた後悔、あるいは芸術や人生そのものへの深い愛着など、一言一言が哲学的な深みを持っているのです。

そして何より、前途しましたが「死」というとても重いテーマを扱いながらも、画面全体はペドロ・アルモドバル監督らしい、鮮やかな赤や黄色、青といった美しい色彩に溢れています。登場人物たちの衣装やインテリアの美しさが、むしろ「生きることの鮮やかさ」を際立たせており、視覚的な満足度が非常に高い作品に仕上がっているのです。

安楽死や尊厳死という、どうしても議論を呼んでしまうテーマに対しても、政治的あるいは宗教的な説教臭さを一切排除し、あくまで一人の女性の個人的な選択として尊重して描いている姿勢に見事だなと感銘を受けました。死を単なる「敗北」として捉えるのではなく、「人生の最終章のデザイン」として捉える視点が本当にすごいです。

終の時を想う

この作品が、現在75歳であるペドロ・アルモドバル監督によって作られた物語であるという点も、個人的にすごく興味深いです。

自分が実際にその年齢になった時、一体どのように死について思うのだろうかと、終の事を否が応でも考えてしまう映画でした。こんな風に達観して逝くのは現実にはなかなか難しいとは思うのですが、もし自分が死ぬとき、これくらい静謐な環境だったらいいよね、と心から思います。

でも、とにかく痛いのだけは嫌ですね。痛い死に方だけはしたくないなぁ……と、しみじみと思いました。終末医療や延命治療にかんして、改めて妻や両親と生前に話しておくべきですね。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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