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【映画レビュー】「ディスクロージャー・デイ」

映画

【「分からない」のが問題じゃない。「すごい」と思えなかったことが問題でした。】

  • 鑑賞日 2026/10/16
  • 公開年 2026
  • 監督 スティーヴン・スピルバーグ
  • 脚本 デヴィッド・コープ
  • キャスト エミリー・ブラント(マーガレット・フェアチャイルド)
    ジョシュ・オコナー(ダニエル・ケルナー)
    コリン・ファース(ノア・スキャンロン)
    イヴ・ヒューソン(ジェーン・ブランケンシップ)
    コールマン・ドミンゴ(ヒューゴ・ウェイクフィールド)
    ワイアット・ラッセル(ジャクソン)
  • あらすじ 「もし、人類が宇宙で孤独な存在ではないことを証明されたら――?」不可解な現象に巻き込まれた気象キャスターのマーガレットと、長年隠蔽されてきた“真実”を世界へ開示しようとするダニエル。政府や巨大組織によって秘匿されてきた地球外生命体をめぐる秘密を前に、人類はこれまで信じてきた世界そのものを問い直すことになる――。
  • ジャンル アメリカ映画,SF,サスペンス
  • 鑑賞媒体 映画館
  • お気に入り △(×、△、〇、◎の四段階)

感想

スティーヴン・スピルバーグ。言わずと知れた、僕らが子供の頃から名作をたくさん見せてくれた巨匠中の巨匠。そんな彼の新作ということで、俄然楽しみにしていた『ディスクロージャー・デイ』。

ただ、観る前からちょっと気になっていたことがありました。「スピルバーグだけが宇宙人の真実を知っていて、その秘密がこの映画に隠されている」「この映画を観ると何かがインストールされて、次の日から世界の見え方が変わる」そんな感じの、映画の外側まで含めたプロモーションです。

SNS時代に合わせた宣伝としてはすごく効果的だと思います。でも僕の常々思っている事としては…

「全て映画の中で完結して下さい。」

です。メタ的な要素はあくまでプラスアルファ。映画自体が面白かったうえで、「実はこんな仕掛けもありました!」なら「おおー!」となります。でも、「それありきで映画を観てね」は僕はあまり好きではないのです。

で、実際に観終わってどうだったか。最初に出てきた感想は、残念ながら「……で?」でした。

世界がひっくり返る設定なのに、ひたすら追いかけっこ

ストーリー自体はそんなに複雑ではありません。政府が宇宙人の存在を隠蔽して、残酷な人体実験までしていた。それに反旗を翻した科学者たちが証拠を持って逃げる。

追われる。逃げる。また追われる。逃げる。そして最後に宇宙人の存在を全世界へ開示する。うん、なるほど。「……で?」と脳みそがフリーズ。

僕は元々カーチェイスがあまり好きではありません。どれだけド派手なアクションをやっていても、追いかけている間は物語が停滞しているからです。今作ではそれが何度も何度も繰り返される。ワーっと集団で追っかける、主人公たちが逃げる、また集団で追いかける、また逃げる。追っかける側が無能すぎるし、これが何度も行われその度に物語がストップするものですから、正直かなり退屈でした。

もちろん、スピルバーグですよ? 僕なんかが感じる「追いかけっこ長くね?」なんてことを本人が分かっていないはずがない。だから当然、何か意図があるんだろうと思って観ていました。でも最後まで、その意図が僕には分かりませんでした。この内容なら90分でも成立するんじゃないの?なんで146分必要なのかな?

おそらく最後の「ディスクロージャー」に向けて、観客自身をそこへ没入させるためなのかな、とは思います。実際、映画館を出たとき、「宇宙人、ほんとにいるかもなぁ……」とはほんのちょっと思いました。だから全く何も残らなかったわけではありません。でも、「映画面白かったー!」とはならなかったのです。

それより、世界はどうなっちゃうの?

ものすごく深掘りできそうな設定が次々と出てくるのに、それらがほとんどマクガフィンとして扱われます。「世界中が戦争して崩壊しかけている。」「宇宙人の存在によって宗教の拠り所まで揺らぐ。」「人類を遥かに超える科学技術が存在している。」

宇宙人の存在が全人類に開示されたら、宗教はどうなるの? 戦争している国々はどうするの?人類より遥かに進んだ技術を手にしたらどうなるの?人間は本当に「未知の他者」と共存できるの?などなど、そっちの設定、めちゃくちゃ面白そうじゃん!という流れがことごとく、あえて無視されるのです。

映画はそこへ行きません。恐らく「他者へ歩み寄ること」がテーマなのでしょう。宇宙人を移民や人種、ジェンダーなどにあらゆる弱者に置き換えて考えることもできます。でも、それを無理やり当てはめたとしても残るのは、「……で?」なのです。

それらの要素は全て、映画が終わったその先で初めて『ディスクロージャー・デイ2』で描かれるのでしょう。今作はあくまでそれらすべての前日譚です。だったら今作では何を伝えたかったのか。「真実を恐れるな」というメッセージは何を意味しているのか。必死で読み解こうとしましたが、マジで謎。

「どっちバーグなのよ?」

また、この映画をどのくらいのリアリティラインで観ればいいのか、というのも混乱の要因の一つです。『E.T.』みたいに、「宇宙人って本当にいるかもよ?なーんてね、ジョーク、ジョーク(笑)」くらいで観ればいいのか。それとも『シンドラーのリスト』のように、「諸君、これは真剣な話だ。隅々まで逃さず観てくれ。政府には内緒だが、俺には本気で伝えたいことがある」くらいの気持ちで観ればいいのか。

「どっちバーグなのよ?」と、立ち位置が最後まで分かりませんでした。

であれば人間ドラマに特化していたのかと思えば、人物設定にもなかなか乗れない。エミリー・ブラント演じる主人公は、今作の中ではかなり掘り下げられていて魅力的です。でも、基本的には宇宙人に憑依されっぱなしなので、彼女のパーソナルにはなかなか感情移入できません。

ダニエルも非常に重要な人物なのに、彼の過去や背景がそこまで見えてこない。そもそも用意されていない。他の人物たちも、全員抽象的なキーワードで作られているように感じました。そしてきっとこれらもワザとなのでしょう。「他者というものは宇宙人のように分からない存在であり、それでも寄り添い合っていくんだよ」的なことでしょうか。

現実の戦争を知っているスピルバーグだからこそ

今、現実の世界ではウクライナとロシアの戦争が続き、ガザでも大勢の人が殺されています。だからこそスピルバーグほどの人が2026年に「未知の他者への共感」を描くのであれば、もう少しそこに踏み込むのかな、と思っていました。

今までの作品や政治的な発言を知る限りは、スピルバーグは現実に起きていることを知らないわけでも、考えていないわけでもない。むしろ、めちゃくちゃ考えている人です。だからこそ、逆に疑問が大きくなってしまいます。「だったら、なぜ今作ではここまで抽象化したんだろう?」と。

もちろん『ディスクロージャー・デイ』でガザやウクライナを直接描け、と言いたいわけではありません。宇宙人という「未知の他者」を通して、人種や国籍、宗教などを越えて他者を理解することの大切さを描く。それ自体は分かります。でも今の世界って、その一歩先で実際に人が殺し合っているわけです。

「他者を理解しましょう」「違う存在を恐れないようにしましょう」僕にはどうしても、そこで映画が止まっているように感じてしまった。現実の戦争や虐殺を認識していて、ずっと「共感」について考えてきたスピルバーグだからこそ、なぜ2026年の今、この映画でそこまでしか描かなかったんだろう?と思ってしまうのです。「開示はした、あとはお前達で考えろ」ではあまりにも映画として無責任。

これは「スピルバーグはガザを無視しているじゃないか」という話ではありません。むしろ逆です。無視していないことを知っているからこそ、余計に分からなくなります。宗教も、戦争も、人種も、他者との共存も、映画の中には材料として存在している。そして、それらについてスピルバーグ本人が現実世界でもずっと考えていることも分かりました。

だから僕は、その先が観たかったのです。宇宙人の存在を世界に開示して、「さあ、人類はこの“他者”とどう向き合う?」。でも、その扉を開けたところで映画が終わってしまう。やっぱりここでも、「……で?」に戻ってきてしまうのです。

これはスピルバーグ自身の映画?

あのスピルバーグが、なぜこの映画を作ったのか?一番の疑問点はそこです。

恐らく高確率で、スピルバーグがこれほどのビッグバジェットで作る映画は、年齢的にも今作が最後になるかもしれません。だったらなおさら、なぜこれを選んだのか。宗教、戦争、人種、他者との共存、人類の未来。深掘りできるテーマがこれだけ散見しているのに、それらをほとんど捨てて、

「一人の人間が秘密を世界へ開示する」

という一点にこだわったのは何故なのか。スピルバーグは長年、宇宙人映画を作ってきました。その結果、「スピルバーグは本当は宇宙人について何か知っているんじゃないか」みたいな認知までされる存在になってしまいました。

でも、本人は本当は何も知らないのかもしれない。それなのに「唯一秘密を知っている人」みたいになってしまった。それはクリエイターにとって、生涯引きずる大いなる苦悩だったりするのかもしれません。宮崎駿が『となりのトトロ』を作ったことで、子供がそればかり観て外で遊ばなくなったことを嘆いたように、自分が作ったものが自分の手を離れて、想像もしなかったものになってしまう。

一人の人間がずっと胸に抱えてきたものを、最後に世界へ開示する。そう考えると、スピルバーグ自身の「ディスクロージャー」にも見えてきます。

それが映画の面白さに直結するのか、という話

どんな映画でもなるべく解像度をあげて、監督が作り上げたかった物の残滓を拾えるようにしたいと思って毎回映画を観ております。だけども色々考えても、どうしても今作は「面白くなかった」が残ります。

色んな示唆やメッセージがあるのかもしれない。でも、それは全て「映画が面白かった」という前提で成り立つのでは?と思うのです。もちろん、ここでいう「面白い」はエンタメ的な面白さだけではありません。上映時間のほとんどが退屈で腹が立つ映画でも、最後の瞬間に、「観て良かった!」と思わせてくれる作品はあります。

そういう意味での「面白かった」です。残念ながら、今作にはそれを感じなかった。しかしながらもう1レイヤー思考を深めると「面白かった、面白くなかった、を評価軸にしているから困惑しているのでは」と思い始めました。

「面白い」と「すごい」は別

世の中には、「面白かったけど、すごくない映画」と、「面白くなかったけど、すごい映画」があると思います。宮崎駿なんかは僕の中では特に顕著で、正直、近年の作品群は難解すぎてとても素直に「面白かった!」とは評せないものもあります。

でも、「なんかすごいもん観た……」にはなるのです。

意味は分からなくても心が圧倒されている。これはアニメーションに限らず、実写映画でもたくさんあります。「最後まで訳分からんかったけど、なんかすごかったな……!」と思わせてくれる作品。僕はそういう映画も大好きです。

だから『ディスクロージャー・デイ』について、「僕に教養がないから理解できなかったのかな?」「キリスト教圏の人ならもっと分かるのかな?」「映画に詳しい人なら、カメラアングルやクローズアップの意味が全部分かるのかな?」とも考えました。

でも、たぶんそこじゃない。こともあろうに、「あのスピルバーグが」「なんかよく分からんけど、すごかった……!」と思わせてくれなかったのです。カメラアングルも、構図も、演出も、プロットも「うおぉぉ!すげーもん見たぞぉ!」とならなかった。もちろん映画に詳しい方が見たら、僕の気付かないスピルバーグアングルや演出メソッドなど、凄さはたくさんあるのでしょう。でも映画館を出た僕の心は圧倒されていなかった。

残念ながらこれは、後からどれだけ情報を補完しても変えられものです。

「知らなくても楽しい。知ってたら尚楽しい」

僕は常々映画に関して、小難しい教養や事前知識については、「知らなくても楽しい。知ってたら尚楽しい」を実践している作品が至高だと思っております。

もちろん難解なだけの映画も好きです。でも映画を作り上げるハードルとして考えたら、僕は上記を達成した映画の方が素晴らしいと感じます。歴史を知っていたら、さらに面白い。宗教を知っていたら、もう一段深く読める。監督の過去作品を全部観ていたら、もっと違って見える。それは大歓迎です。

でも、それらは映画を成立させるための入場券ではなく、プラスアルファであってほしい。後からスピルバーグのインタビューを100本読んで、「あの場面にはこんな意味がありました」「実はあの長いチェイスにはこんな意図がありました」「宗教描写にはこういう意味がありました」と全部理解できたとしても、僕が映画館で『ディスクロージャー・デイ』を観終わった瞬間の余韻は変えられません。

だから最初に書いた、「全て映画の中で完結して下さい」に結局戻ってくるのだと思います。

分からなかったから△、ではなかった

今回、自分でもなぜこの映画がここまで引っかかるのか、なかなか言葉にできませんでした。スピルバーグの意図が分からなかったから?テーマを理解できなかったから?チェイスが長かったから?人物に感情移入できなかったから?たぶん全部ちょっとずつ違います。

僕は別に、意味が分からない映画が嫌いなわけではありません。分からなくても、すごい映画はすごい。僕の中で『ディスクロージャー・デイ』にはそれがなかった。そして、あの敬愛する名匠スピルバーグの映画でそれを感じなかったからこそ、「なんで?」がずっと残ったのだと思います。

一人の人間が、世界に向けて秘密を開示する。その一点だけを描くことこそが今のスピルバーグにとって重要だったのかもしれません。最後の瞬間、僕の世界もほんのちょっとだけ変わったのかもしれない。実際、「宇宙人、本当にいるのかもなぁ……」とは思いました。

でも、それと映画を観終わったときの感情は別です。名匠が本当は何を伝えたかったのか。僕には最後まで分かりませんでした。ただ一つ言えるのは、「分からなかったから△」なのではありません。

分からないままでも、「なんかすごいもん観た……!」と思わせてほしかった。僕にとっては、それがなかった。だから今回は、おこがましいですが、△です。


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