【便利さの先で、僕達は何を犠牲にしているのか】
- 鑑賞日 2024/10/03
- 公開年 2024
- 監督 塚原あゆ子
- 脚本 野木亜紀子
- キャスト 満島ひかり、岡田将生、ディーン・フジオカ、大倉孝二
- あらすじ ブラックフライデー前夜、配送センターから発送された荷物が爆発する連続事件が発生。センター長の舟渡エレナ(満島ひかり)とマネージャーの梨本孔(岡田将生)がチームを率いて事態の収束を図る中、やがて事件は広がり、日本中を震撼させる大規模なサスペンスへ発展する
- ジャンル 日本映画,サスペンス,ドラマ,ゾクゾク
- 鑑賞媒体 映画館
- お気に入り ◎(×、△、〇、◎の四段階)
感想
※ブログを始めた2025年より前の鑑賞体験である為に、リアルタイムで観た映画に比べて感想が短めになっております。二回目を鑑賞する事があれば、詳細を追記できればと思います。
素晴らしい素晴らしい!膨張する資本主義に格差に、人は心身を機械化にでもしない限り、ストレスに耐えられる世界ではなくなってしまった。
よくぞ社会問題とエンタメを、これだけのテンポの良さで両立させてくれました。この制作チームのドラマを履修せねば!
楽しいエンタメを観たはずなのに、ちょっと勉強した気になる
『ラストマイル』を観て一番感心したのは、社会問題を扱っているのに、全然「社会派映画を観ている」という重苦しさを感じなかったこと。反戦映画とかドキュメンタリーって、観るのも結構大変じゃないですか。辛いし、重いし、そもそも「観よう」と思うまでのハードルも高い。
でも『ラストマイル』はそうではなく、起承転結のある爽快なエンタメとしてずっと楽しく、飽きず退屈せず観られる。なのに、映画が終わったあとには、「あれ? なんか社会問題についてちょっと勉強したような気になってるぞ」となる。このバランスが滅茶苦茶うまいです。
僕の中で、日本映画って社会派なら社会派、娯楽作なら娯楽作と、比較的きっぱり分かれている印象がありました。日本映画を低く見ているとかではなく、得手不得手の問題という感じです。日本では映画そのものがアメリカほど生活に身近に根付いている印象もないし、シンプルに映画代も高い。超有名な俳優を使うとか、コマーシャルを大量に打つとか、「わざわざ映画館まで観に行く理由」がないと観客を呼びづらいです。
その中で興行収入まで考えると、スポンサーが嫌がるような社会テーマを娯楽大作に入れづらいし、社会テーマを本気で描くなら、逆に一般受けしにくい様な超骨太な社会派作品として作らなければいけない。そんな二極化になりやすかったのかな、というのが僕の勝手な印象です。
だからこそ、一見すると大作娯楽映画に見えて、ライト層が普通に観に行ったら、実は結構な社会テーマまで描かれていた。という、ついぞ日本映画もハリウッドが昔から得意としてきた領域まで来たのかな、という感覚がありました。
もちろん、かつてのディズニーが戦意高揚アニメとして利用されたように、裏返せば「娯楽の皮をかぶったプロパガンダ」だって作れるということですからね。ちょっと怖くもあります。映画と政治や社会が密接につながるというのは、良くも悪くもそういうことなのでしょう。
翌日届くことが、いつの間にか「当たり前」になっていた
Amazonが日本市場に出てきたのは、もう数十年以上前でしょうか。ネットで注文したものが、次の日には届く。なんて便利な時代になったんだ!と、最初はその便利さに感動していましたが、でも、それから年月が経って、気づけば「翌日届くこと」が当たり前になっていました。
ネットでポチッと押して、次の日には荷物が届く。今考えると、とんでもないことを当たり前として享受していたんですよね。そして、その便利さの陰で配達員さんたちがこれほど苦労しているということを、僕は全く思い描けていませんでした。
昔は宅配便が届くまで何日も、それこそ幼少期アルゼンチンに住んでいたころ、日本から届く少年ジャンプを半年以上もワクワクしながら待っていたのに。いつの間に僕たちは、こんなにも「待てない」人間になってしまったんでしょうか。
日本中を流れる物流という血液
配達遅延率のパーセンテージが、人間の大動脈の心拍数のように見える。日本中をつなげる物流を人間の血流に見立てると、遅延率が下がれば下がるほど、そこで働く人間の致死率が上がっていく。
巨大倉庫に、とんでもない数の労働者が出勤していく冒頭。規約を説明している無機質な放送。物凄い数のロッカー。現代のお話なのに、絵面から溢れるディストピア感がすごいです。
そして電車の広告で流れる、「あなたの欲しいものはなんですか?」という言葉。数々の暗喩が、鑑賞後に思い返すとまた違った意味で深く沁みてきます。
誰が悪い、という話ではない
この映画を「資本主義によって犠牲になった人たちの物語」と書くこともできると思います。でも、僕は「この登場人物が犠牲者だ」という見方ではあまり観ていませんでした。彼らは犠牲になっている面もあるし、同時に別の誰かを犠牲にしている面もある。
誰かが明確な加害者で、誰かが明確な被害者という二元論ではなく、その間にものすごく大きなグラデーションがあります。そして、その大きなどうしようもない仕組みに、僕も含めて全員が翻弄されている、そんな印象でした。
トップの社長でさえ、「じゃあ俺になにができたって言うんだよ」と叫びます。その気持ちは大いに理解できますが、もちろん、だから彼は悪くないという話ではありません。彼には生活もあるし、巨大な会社に逆らえません。つまりは悪くないわけではないし、でも悪くもあるのです。
自分一人が声を上げてもどうにもならない。でも、問題を享受していいということにもならない。じゃあ、「お前が同じ立場だったらすべてを捨てて反抗できるのか?」と聞かれたら、僕はできないでしょう。安全圏から「あいつが悪い」と言うのは簡単ですし、自分がその席に座った時に、本当に同じことが言えるのか、という問いがグルグル回ります。
誰も競争から降りられない止まらない世界で
このように、僕がこの映画から感じた「膨張する資本主義」というのは、個々人が欲深いとか、企業が儲けたいとか、そういう勧善懲悪の話ではありませんでした。もっと世界全体のパワーバランスの問題という印象がありまして、例えばアメリカやヨーロッパが、「地球環境のために、ちょっと競争を抑えようか」と言ったところで、その隙をロシアや中国が突いてくるでしょう。その逆も然り。
このパワーバランスである以上、誰か一人だけが競争から降りることができない。企業だって同様です。自分たちだけ翌日配送をやめれば、別の会社に客を奪われる。国だって企業だって、「みんな一斉に辞めようぜ」ができない。顧客が「なんで明日届かないんだよ!」と怒号を放つことでしょう。
それは超権限を持つAmazonのような巨大企業の創設者ですら、もはや不可能な領域になっています。巨大な資本主義の流れそのものに、創設者でさえ抗えなくなっていく。それがこの映画から感じた巨大な絶望感でした。
それでも、小さな変化は起こせるのではないか
この映画では、「誰も何もしなかった。だからこうなった」という問題が提示されます。そして、それに対して自分を犠牲にしたまりか、その意思を受け取ったエレナ、仕事に魂を込めて働いたドライバーたちが負の連鎖を止めるプロットです。メフィストの爆弾を、最後は現場の人間が「ラストマイル」で止める。それを観た僕たちに、「さぁ、あなたたちは何をする?」と問いかけてくるのですね。
もちろん、極東の映画一本観たからといって、資本主義が止まるわけではありません。これは戦争映画を観た時にもいつも思うことです。観た直後は、「戦争って良くないよな」と強く思いますが、数ヶ月もすると忘れて、目の前の快楽を求めて生活している。人間なんてそんなものです。
それでも映画を観たことで、脳みそのどこかには澱の様に少しずつ残っていく。それが積み重なって、その人の価値観や人格の一部を作っていく。そういう力が、映画にはあると思ってます。
この映画を観てからは、とにかく再配達にならないようにめちゃくちゃ気をつけるようになりました。人から、「荷物を送るよ」と言われた時も、「じゃあ絶対に自分が家にいるこの時間にして」と指定してもらう。
『ラストマイル』の登場人物たちがしたことは、大きな大局で見れば意味がないのかもしれませんが、少なくともそれを観た僕は、再配達を一回でも減らそうと思うようになりました。それだけでも小さな意味はあったんじゃないでしょうか。
しかも今はSNSがあります。昔だったら自分の中だけで終わっていた思いが、今は良くも悪くも加速度的に広がっていく可能性がある。小さくて意味がないかもしれない、それでも、確実に変化は起こるのです。それが僕にとって、この映画を観た意味の一つでした。
「爆弾はまだある」
そして、何より「爆弾はまだある」というセリフ。作中のトリックとしてだけではなく、このまま僕たちが際限なく消費を続けていけば、現実世界でも別の爆弾が爆発するぞ、という警告。まぁ、とんでもない示唆を、最後は明示までして終わる映画です。
犯人を見つけたとしても、その背景にある真の病巣まで見つけたことにはならない。誰か一人を捕まえて、「はい、解決!」では終わりません。僕たち自身も、そのシステムの中で便利さを享受しているし、誰かを犠牲にしているかもしれない。そして同時に、自分もまた別の場所では、その仕組みに犠牲にされているかもしれない。
善と悪。加害者と被害者。そんな綺麗な二つには分けられない、そのグラデーションを描いたことが、この映画の大きな魅力だったように思います。
でも僕は、そこに絶望だけを感じているわけではありません。すぐに世界は変わらない。大きな仕組みも止まらない。それでも、自分の生活の中で一つぐらい変えられることはあるのでは?例えばパワードスーツを着て肉体労働ができるようになるかも。ドローンがもっと発達して、過疎地まで自動で荷物を運んでくれるかも。今、人間が肉体や精神を削って引き受けている負担を、機械が代わりに引き受けてくれるかもしれません。
SNSだって、攻撃的な言葉をそのまま相手にぶつけるのではなく、AIが間に入って、柔らかい言葉に変換して伝えてくれるようになるかもしれない。僕の場合は、とりあえず再配達を一回でも減らす。そのくらいでもいい。自分の生活の半径200Mから変えれることをする。全ての自分の生活を支えてくれている人たちに、少しだけ想像力を持つ。
そんなことを考えるきっかけを、爽快なエンタメとして与えてくれた。『ラストマイル』は、そんな素晴らしい映画でした。
イラストのタイムラプスです↓
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
皆さんの感想も、ぜひお聞かせください!

上映後ロビー