【映画レビュー】「カラオケ行こ!」

映画

【カラオケ行こ!】

  • 鑑賞日 2025/04/18
  • 公開年 2024
  • 監督 山下敦弘
  • 脚本 野木亜紀子
  • キャスト 綾野剛、齋藤潤、芳根京子、橋本じゅん
  • あらすじ 合唱部部長の聡実は、ある日突然、ヤクザの狂児からカラオケに誘われる。「歌がうまくなりたい」という切実な願いを持つ狂児に、聡実が歌唱指導をすることになり、二人の間に奇妙な友情が芽生える、という物語です。
  • ジャンル 日本映画,コメディ,ドラマ
  • 鑑賞媒体 NETFLIX
  • お気に入り 〇(×、△、〇、◎の四段階)

感想

昨今のエンタメ界を見渡すと、ちょっとした「ヤクザ推し」とも言える流行があるのか、彼らを肯定的に、あるいは魅力的に描いた作品が結構増えていますよね。

正直なところ、大人のヤクザが純真な中学生をグルーミングしているようにも受け取られかねない危うい側面もあるため、その視点のまま素直に感情移入するのはなかなか難しい部分でもあります。

ですが、そこは名作ゲーム『龍が如く』の時のように、「世の中にはこういう根が良いヤクザも存在するのだ!」という具合に自分の中でスイッチを切り替えて、一種のファンタジーとして割り切って観ることにしました。おそらくこの匙加減こそが、制作陣が実写映画化にあたって最も神経を尖らせ、気を配った部分なのだろうと思います。

音のない漫画から生まれた爽快な物語

そうして余計な邪念を捨ててスクリーンに向き合ってみたところ、これがなんと爽やかで、驚くほど鑑賞後感の良い素晴らしい物語に仕上がっていました。そもそも、組長を楽しませるために歌が上手くならなければならないという、ヤクザ側の切実な目標設定からして最高に面白いですし、これを音の出ない漫画という媒体で見事に描き切っていた原作者のセンスには、改めて脱帽するばかりです。

二次性徴のリアルとヤクザが起こした化学反応

今作を観ていてとにかく天才的だと唸らされたのは、声変わり×青春という、人間が人生の中でほんの一瞬しか体験することのできない貴重な二次性徴のきらめきを、声楽とカラオケという独自の要素に組み合わせた点です。

声変わりという現象がダイレクトに活動内容に影響を及ぼす部活動なんて、それこそ中学校の合唱部くらいしか思い浮かびません。そんな極めて繊細で瑞々しい学生生活の場に、あえて対極に位置するヤクザという異物を足し算してしまうあたり、作者様の独特なこだわりや性癖が、とんでもない化学反応を起こして奇跡的な笑いとドラマを生み出していると感じました。

恐怖の裏に隠された不条理なリアルと「歌」の力

先ほど作者様の性癖という表現をしましたが、このヤクザという配置には、単なるギャグの飛び道具に留まらない、物語上の極めて重要な意味がしっかりと込められています。綾野剛さん演じるヤクザが怖ければ怖いほど、彼が世間からドロップアウトした「はみ出し者」であることが容赦なく強調され、主人公の男の子がそちらの裏社会へ引きずり込まれてしまうかもしれないという、独特なハラハラ感が画面に充満することになります。

一見するとコミカルなギャグ調で優しくコーティングされてはいるものの、ともすれば僕たちの何気ない日常のすぐ隣に、反社会的な世界へと傾倒していく怖さが潜んでいるという、一種の皮肉な構造にもなっているのが実に見事です。

しかしそれと同時に、いくらヤクザであっても彼らもまた同じように血の通った人間であり、ただレッテルを貼って無条件に拒絶するのも少し違うのではないか、という温かい目線も提示されています。そして、そんな決して交わるはずのなかった両者の心を繋ぎ、融和をもたらす架け橋となるのが、それこそ名作アニメ『マクロス』シリーズよろしく「歌」であるという展開には、思わず胸が熱くなりました。

古今東西、ブルースにしろ民謡にしろ、国境や立場を超えて人と人とを魂レベルで繋ぐ上で、歌が持つ力というのは本当に凄まじいものがあると痛感させられます。

呪いを解く完璧なシークエンスと戻らない時間

主人公の合唱部長にとって、かつて誇りであったはずの自分の綺麗な高音は、声変わりという抗えない成長によって、今や「汚い声」になってしまったという苦しい認識に変わっていました。本来であれば健やかな大人の階段を上るための喜ばしい成長であるはずのものが、彼にとっては逆に自分を縛り付ける残酷な呪いになってしまっているという構図が非常に切ないです。

そんな絶望の最中にいる彼に対して、街の住人からそれこそ「汚いもの」として疎まれ、忌み嫌われているヤクザの側から、「汚いものだって、別にこの世にあっていいじゃねぇか」という言葉が掛けられることになります。この瞬間に主人公の心がどれほど救われたことか、その心の動きを描いたシークエンスの完成度は本当に見事で、胸に深く刺さりました。

この美しい救済を描くためには、やはりカタギの人間ではなく、泥にまみれて生きるヤクザという存在が絶対に必要だったのだと強く納得させられます。また、劇中で主人公が昔のVHSを巻き戻そうとして、うっかりビデオデッキを壊してしまう印象的なシーンがありますが、あのアナログなトラブルこそが、「僕のあの美しかった声は、もう二度と戻らないのだ」という残酷な現実に完璧にリンクしていく演出になっていて、その表現力の高さには思わず鳥肌が立ちました。

さらに、周囲を取り巻く同級生の女の子たちが、男の子たちに比べてもの凄く大人びた視点を持っている描写も、生々しいほどにリアルでした。当時を振り返ってみると、同級生の女子たちからすれば、僕たち男子の精神年齢なんて本当に子供っぽくて、それこそ猿同然に見えていたんだろうなと、今更ながら恥ずかしい気持ちになって冷や汗が出てしまいます。

歌声がもたらした奇跡の調和

反社会的な存在を扱う危うさを、見事なファンタジーとしてのバランス感覚と、誰もが共感できる青春の葛藤へと昇華させた本作は、映画史に残る珠玉の青春エンターテインメントだと断言できます。

決して交わることのなかった二人の奇妙な友情と、それを繋いだ歌の力が、観終わった後の僕たちの心にどこまでも爽やかな風を吹き込んでくれる珠玉の傑作でした。


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