【あんのこと】
- 鑑賞日 2025/03/21
- 公開年 2024
- 監督 入江悠
- 脚本 入江悠
- キャスト 河合優実、佐藤二朗、稲垣吾郎、河井青葉、広岡由里子、早見あかり
- あらすじ 売春や麻薬の常習犯である21歳の香川杏は、ホステスの母親と足の悪い祖母と3人で暮らしている。子どもの頃から酔った母親に殴られて育った彼女は、小学4年生から不登校となり、12歳の時に母親の紹介で初めて体を売った。人情味あふれる刑事・多々羅との出会いをきっかけに更生の道を歩み出した杏は、多々羅や彼の友人であるジャーナリスト・桐野の助けを借りながら、新たな仕事や住まいを探し始める。しかし突然のコロナ禍によって3人はすれ違い、それぞれが孤独と不安に直面していく。
- ジャンル 日本映画,ドラマ,ヒューマン
- 鑑賞媒体 アマゾンプライムビデオ
- お気に入り 〇(×、△、〇、◎の四段階)
感想
映画『市子』を観た時も強く感じたことですが、このような若い人が直面する悲劇というのは、見ていて本当に辛いものがあります。本作『あんのこと』は、良い人間か悪い人間かといった単純な二元論では決して語ることができない、観終わった後に後味の非常に悪い人間模様が、逃げずに描かれておりました。
人間のグラデーションと言外の誠意
作中、施設の面接において「入居者さん達が驚くから、自傷行為をするなら手首じゃなくて足首にしなさい」と言われるシーンがありますが、一見するとすごく冷たい言葉のようにも聞こえます。でも、安易に「そんなの止めなさい」と突き放して終わらせないところに、むしろ誠意のようなものが響いてくる気がして、この映画は、全編にわたってこのような言外の意味を持たせる演出が徹底されておりました。
一見すると良い人間に見える多々羅(たたら)という刑事も、あるいは彼女の祖母も、実は誰もが一癖も二癖もある人物として描かれています。彼らを舞台装置的に単純な人物造形にしなかったのも、まさに制作陣の誠意の一つに見えますし、その善悪だけでは割り切れない心のグラデーションが大変リアルで良かったと思います。
当たり前の日常と断ち切れない悪縁
あんは、初めて自分が本当にしたい仕事で稼いだお金を使って、小さなノートを買い物します。これまで一度もプレゼントをもらったことがない彼女は、その自分のための買い物に、プレゼント用の包装をしてもらうのです。そして始まった初めての一人暮らしは、自分を虐待する者が誰もいない、心からの安住の地でした。
そんな安住の地に、一度は浮上したように見えても、どこまでも切れない悪縁が付きまとい、何度も何度も地獄に引きずり込もうとする社会の冷酷な現実が立ちはだかります。まだまだコロナ禍を設定にした映画は少ない中で、かの厄災の影響が、このような形で一人の人間の命を奪ってしまったという事実は、映画を通して知ることができて本当に良かったです。
また、世間でよく言われる「虐待をされた子供は、自分の子供に同じことをするだろう」という意見に対しても、今作の中であんは、急に押し付けられた子供を本当に献身的に世話をします。これは、世界中の虐待をされた経験を持つ人たちへの、かすかな希望になってくれたらいいなと切に願っています。
僕たちが普段当たり前のように持っていて、感謝することすらしないようなものが、彼女にとっては心から望んでいるものだった。その描写を目の当たりにして、改めて自分が恵まれた立ち位置にいることに感謝するとともに、この社会に対して自分ができることは何かないのだろうかと、深く考えさせられます。
あんという女性がどう生きたか
この映画の最後の展開に対して、あまりにも救いが無さすぎると思う方はきっと多いかもしれません。けれど、安直にあんが生きる方向のラストにしてしまった場合、モデルになった実際の彼女の選択を否定することにもなってしまいます。
「どんなことがあっても自死するのは間違いだ」と正論を言ったところで、死んだ方が救いになるという人は、現実の世界に必ずいます。それを僕たちが頭ごなしに否定することはできないと思うのです。もちろん、社会を維持するためには、自死を容認すると人間社会を形成できなくなってしまいますから、法律での定義は必要不可欠です。
でも、映画という芸術においては、今作のような妥協のないラストをもってテーマを伝えることが必要なのだと思うし、あんという女性がどう生きたかを僕たちがしっかりと知るためにも、それこそが、このタイトルに込められた想いなのだと感じました。
社会が作り出す虚無と、僕たちが繋ぐ未来
あんがどうだったか、多々羅がどうだったか、あるいは毒親である母親がどうだったか、そんな個人個人をいくら断罪したところで根治はできません。本当に恐ろしいのは、日本社会そのものがこの人たちを作り出したという、巨大な虚無感。
このような救いのないお話は、見てもただ虚しいだけかもしれません。けれど、この女性を描いた制作陣と、それを観た僕たち、そしてそこで各々が感じた想い。そういった小さな想いの積み重ねこそが、この冷酷な社会を少しずつでも良くしていく原動力になるのだと、信じたいです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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