【映画レビュー】「グッドボーイ」

映画

【グッドボーイ】

  • 鑑賞日 2026/07/11
  • 公開年 2026
  • 監督 ベン・レオンバーグ
  • 脚本 アレックス・キャノン、ベン・レオンバーグ
  • キャスト ラリー・フェセンデン、シェーン・ジェンセン、アリエル・フリードマン、スチュアート・ルーディン、ハンター・ゲッツ、アニャ・クラウチェック
  • あらすじ レトリバー犬のインディは、体調の悪化により吐血して入院した飼い主のトッドとともに、亡き祖父が謎の死を遂げて以来空き家になっていた古い家へと移り住みます。トッドは家や祖父にかけられた呪いを疑い始めますが、言葉の分からないインディもまた、家の中に潜む不気味な物音や邪悪な影などの異変を察知します。やがて正体不明の存在がトッドの容態をさらに悪化させていき、インディは愛する飼い主を必死に守ろうと奮闘します。
  • ジャンル アメリカ映画,ホラー,ドラマ,ゾクゾクする
  • 鑑賞媒体 映画館
  • お気に入り 〇(×、△、〇、◎の四段階)

感想

映画『グッドボーイ』、全編犬視点で進行する、今までありそうでなかった設定の作品です。完全POVで犬目線の邦画はあった記憶がありますが、本物の犬を使い、演技力と編集で一つのしっかりとしたドラマに仕立てた手腕に恐れ入りました。

膨大なカットを撮影し、脚本と整合性のある箇所を繋ぎ合わせたのだと思いますが、長回しのシーンも多く、主役犬インディーのお利口さん加減はとんでもないです。本当に「ぐっぼーい♪」

否が応でも愛犬を思い出す

僕自身もかつてワンちゃんと過ごしていた時期があり、ドラマとは直接関係のない部分でも色々と涙腺が緩みっぱなしです。ベルちゃんも僕の知らないところで、こんな風に守ってくれていたのかもしれないなぁ、と泣いちゃいました。現在は猫ちゃんと暮らしていますが、彼らはまぁこういう一途で献身的な性質ではないので(もちろんそれが素晴らしい魅力なのですが)、ベルちゃんと暮らしていた日々が懐かしく思い出されました。

確率的には僕の様に、飼い主がワンちゃんを見送るケースが多いものの、中には飼い主の方が先に旅立ってしまうこともあるでしょう。そんな時のワンちゃんの悲しみはいかほどか、想像するだけで胸が苦しくなります。今作はまさにその別れを主題に据えているため、非常に切ない作りになっておりました。

死の足音を捉える丁寧な恐怖演出

ホラー映画としてのクオリティ自体は、正直そこまで特筆するものではありません。繰り返されるタメが多く、展開が助長すぎて退屈に感じるほどです。

しかし、あくまでそれは怪奇物として観た場合です。今作はそれらの怪異を、トッド(飼い主)の病気のメタファーとして描いている為、その視点で鑑賞すると、ヒタヒタとゆっくりながらも確実に近づいてくる死の描写として秀逸な演出に転じます。

ジャンプスケアも二箇所ほどに抑えられており、後はひたすら丁寧な恐怖演出でジワジワと怖がらせる手法をとっています。闘病中の死の恐怖というのは、まさにこのような感覚なのだろうと想像させてくれました。

人間の顔が映らない理由と「匂い」の世界

非常に興味深い試みとして、作中では終始人間達の顔が映りません。犬の視力特性からこのように映っているとも解釈できますが、個人的にはワンちゃんが相手を外見で判断していないことの示唆だと受け取りました。

僕たち人間は人の美醜や背丈といった外形的な属性で評価しがちですが、彼らが行っているのはもっと高度なコミュニケーション。飼い主が発する喜怒哀楽のオーラやストレスの匂いなど、豊潤で内包的な情報で接してくれています。僕達が顔では笑っていても内心で悲しんでいたら心配して寄り添ってくれるし、演技で怒っているふりをしても、すぐに見抜いて尻尾を振って飛び込んできてくれるのです。

この辺りの感覚に関しては、主人公が共感覚の持ち主で「匂いが色で見える」ことを描いた『オルファクトグラム』という小説が大変オススメです。匂いが視覚化されるとどうなるかが見事に言語化されており、ワンちゃんの世界はもしかしたらこういう風に観えているのかもしれないという、素敵な想像を広げてくれる作品でした。

この設定を元に今回の映画を振り返ると、トッドに死が迫っている状態で、孤立した山小屋に二人きりというシチュエーションは、尋常ではない人間のストレスが全てインディーにぶつけられる状態を意味します。飼い主の感情にとてつもない共感力を持つワンちゃんにとっては、それこそ全てのテリトリーが怪異空間同然に変貌してしまうのも当然です。この視点で全てを思い返すと、本当にインディーが可哀想でなりません。冒頭から最後まで、恐怖と戦いながら健気にトッドを死から守ろうとしたのですから。

相棒の魂の尊厳をかけた戦い

今作でさらに興味深いのは、果たしてインディーが守ろうとしたのは飼い主の「生」だったのだろうかという点です。自然界において肉体の死は普遍のものであり、野生動物は人間ほど命乞いをしたり足掻いたりせずに弱肉強食の運命として受け入れます。インディーもトッドの病気については早々に匂いで気づいていただろうし、肉体の死自体は受け入れていたように思うのです。

ではインディーは何に恐怖し、何と戦っていたのかと言えば、トッドの魂の尊厳を守っていたのではないでしょうか。

トッドは、街の病院で緩和ケアなどを受けながら穏やかに死を迎えることもできただろうに、全力で拒みます。妹の心配に対しても病人扱いして欲しくないと突っぱねていました。街での死は、彼の魂の救済にはならないのでしょう。

そういった煩わしさから逃れるために彼は山奥にある祖父の家へと移住します。一人の男として、同情されるよりも病気と戦いたかったのだと推測できます。だけど人はそんなに強くありません。誰の助けも借りずに死の恐怖と戦うなんて凡人には不可能なことです。

やがてトッドは死の不安や恐怖に飲み込まれていき、その事がインディーにとっては、周辺土地一体が怪奇領域に見えてしまうほどの超大なストレス負荷となりました。トッドは街の死でも救われないし、自然の中での死でも救われないという、まさに八方塞がり。

その後の展開として、絶望のままトッドが死んでしまうストーリーは見事でした。魂となって初めて顔が見える状態でインディーと対面します。この、死んで初めて顔と表情をインディーが認識する描写は、たくさんの示唆に富んでおります。個人的には、肉体という器を捨てた人間がそうしてやっと、外形的な情報に頼らない内生的なコミュニケーションをインディーと取れたのだな、と解釈しています。

インディーのイニシエーション

しかし、そこで黒い影が飼い主を地下に引きずり込んでしまいます。救われたように見えたトッドも、やはり死後、魂の救済はできていないのです。ここからがすごく解釈の難しいラストになっていました。

インディーは我が身も顧みずトッドの魂をあの世から一度現世に連れ戻しますが、彼は黒い塊となり再び奈落に引きずり込まれるのです。インディーがトッドを連れ戻したことで、天がパァァァっと光って昇天でもしたら大変わかりやすいラストなのですが、この部分はまだ僕の中で咀嚼ができておらず、勝手な印象ですがキリスト教の宗教観が深い所で関係しているのかもしれません。トッドが他者の助けを拒み、傲慢に一人で死んでいく事への(罪の重い自殺)、キリスト教的観点でいう代償のメタファーなのかな?

一応仮の解として僕が据え置いているのは、引きずり込まれる瞬間にトッドは「待て」と言って、インディーを巻き込まないように自分だけ消えていきます。終始恐怖に苛まれ、自分のことしか考えられなかった彼が、最後の最後に他者への愛を思い出す。それは地獄へ落ちるものへの一縷の救済だったのかもしれないと、考えました。

これまでトッドを助けるために、怒られるのを覚悟で何度も「待て」を破ってきたインディーが、最後の「待て」を苦しみながらも賢明に守る描写には本当に泣けました。

ほとんどの犬映画は、人間側が犬との別れを経て心の成長を描くのに対し、今作は犬側が飼い主との別れをイニシエーションするという、初めて見る構図になっておりました。犬も夢を見るし、パートナーの死に対してこんなにも共感して一緒に恐怖してくれます。なんと感情が豊潤で尊い生き物でしょうか。人類の始祖からずっと一緒に生きてきたこの生物に対して、制作陣の深い敬意を感じました。

一族が短命であることや祖父も呪われていた設定などは、僕の中でマクガフィンに過ぎず、主題は「インディーがトッドの魂を守ること」だと思っていたので、このラストに関しては急に怪奇物が主題をかっさらっていった印象で、そのため、ちょっと解釈に困った鑑賞後感となりました。わかりやすく飼い主が昇天するようなラストを望んでいるわけではありませんが、もう少しこの辺りの描き方が僕にも理解できたら、間違いなく評価は◯ではなく◎の作品でしたね。

世界中のインディーに幸あれ!

今作のインディーは監督自身のワンちゃんで、相当気を使って撮影されたそうです。動物愛護団体からの賞も貰っているらしく、画面からその気遣いが全体に渡って伝わってきました。

とはいえ、そんな中でも、あっちへ行けと突き返されるシーンや、血がビシャっと顔にかかるシーン、ベッドの下に引きずり込まれるシーンなどは、いくら映画といえども「かわいそう!」と現実に引き戻されてしまいました。ああいうシーンだけ、超高精度のCGだったらいいのにな。まぁ、そうするとこの映画のコンセプトが台無しになってしまいますが…

一見するとホラー映画になりますが、その実描いているのはインディーの成長と、パートナーとのラブストーリー。彼らの視点から物事を観ることが、こんなにも多くの気づきをくれた事に感謝しつつ、幸せな日々を与えてくれたベルちゃんに心からの敬意を。そして世界中のワンチャンが、どうか幸せでありますように。


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