【ブリング・ハー・バック】
- 鑑賞日 2026/06/12
- 公開年 2026
- 監督 ダニー・フィリッポウ、マイケル・フィリッポウ
- 脚本 ダニー・フィリッポウ、マイケル・フィリッポウ、ビル・ハインツマン
- キャスト ビリー・バラット、ソラ・ウォン、ジョナ・レン・フィリップス、サリー=アン・アプトン、スティーブン・フィリップス、ミーシャ・ヘイウッド、サリー・ホーキンス
- あらすじ 前作『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』で注目を集めたダニー&マイケル・フェリッポウ監督が手掛けるホラー作品。 父親を亡くした兄のアンディと、目の不自由な妹のパイパーは、里親であるローラのもとで暮らすことになります。そこには、言葉を話さない男の子オリヴァーも同居していました。ローラの過剰なまでの愛情にアンディは違和感を覚えますが、新たな生活がスタートします。しかし、ある日を境に家の中で不穏な出来事が次々と発生。周囲に点在する謎の「円のモチーフ」やオリヴァーの存在など、無関係に思えた要素が繋がりを見せたとき、ローラが隠していた「恐るべき願い」が明らかになります。
- ジャンル オーストラリア映画,ホラー,スリラー,ドラマ,ゾクゾク
- 鑑賞媒体 映画館
- お気に入り ◎(×、△、〇、◎の四段階)
感想
映画『ブリング・ハー・バック』、本作はここ数年僕が観たホラー映画の中で、トップクラスにグロい仕上がりでした。僕自身はどちらかと言えば直接的な痛み描写には耐性がありまして、それよりも『パラノーマル・アクティビティ』のような、こちら側に恐怖を想像させる作りの方が苦手です。
なので今作は「痛そー!」と眉を潜めながらも、楽しんで観ることができましたが、無理な人には本当に無理な内容なので要注意です。
限界突破するゴア表現
終始登場人物は全員が這々の体で、傷つきまくり、血反吐を吐きまくりますので、画面はずーっと痛い痛いなのー!が続きます。言葉を話さないオリバー少年がナイフでメロンを食べるシーンでは、思わずシートに背中を押し付け、目を細めてしまいましたし、アンディの夜尿症の真相も、始めて観るいやらし~いトリックが使われておりました。
内臓ドバドバーのゾンビ系のグロさではなく、ソリッドな剃刀の様なグロさなのです。小指をタンスの角にぶつける様な、弁慶を蹴られる様な、黒板に爪を立てる様な、お尻がムジッ!としてしまう鋭利なグロさ。なので、生理的に無理な人は本当に無理だと思います。
限界突破する子役のレギュレーション
『ザ・マミー』でも感じましたが、最近の映画における子役のレギュレーションは何か大きく変わったのでしょうか。今作も子役がトラウマにならないか心配になるほど、エゲつない役作りをされています。
もちろんマインドケアを徹底した上での制作でしょうけども、長年不文律とされていた「犬と子供は酷い目に遭わない」という従来の演技指導とは一線を画しています。だからこそ展開の予想がつかなくて非常に恐ろしいのですが、昨今の映画界はカウンセリングのマニュアルが確立されて、精神的な安全が保障されたからこそ、映像としてはより限界突破した児童のゴア表現が可能になったのかな、という印象です。CGや特撮技術の向上も相まって、子役の身体をここまで過激な描写に使える時代になったのかと驚いております。初代エクソシストの時代を観ているようでした。
痛みがブーストさせる人間ドラマの真骨頂
この鋭利なグロさの数々は、単に観客をビビらせる目的だけで配置されていません。それらの全てが重厚な人間ドラマへと直結していきます。表現がグロければグロイほど、痛ければ痛いほど、それは各登場人物の喪失やトラウマに直結していく仕組みで、娘を失った絶望、父親から虐待されたトラウマ、目が見えない悲しみ、それらが痛みを伴う映像をもって、キャラクターの心情をより深くこちらに伝えるシステムです。
特に母親が娘を失った絶望は、生半可な描写では伝わりません。彼女はある儀式を成就させるため、残酷な行為に手を染めていきますが、残酷な事をするほどに、狂気を孕めば孕むほどに、それが娘を愛していたバロメータになる設計が実に心憎い。このプロットのおかげで、本作はただ恐怖体験をさせるだけのジェットコースタームービーに終わらず、グロさとドラマが相互にブーストする格調高い作りに仕上がっています。
血肉の通ったトラウマと「見えない三人」
また、今作は人間描写も巧みです。ありきたりなテンプレ属性ではなく、主役の三者がそれぞれ血肉の通った深いトラウマを抱えています。そのどれもが根強く深く、それ故にドラマに奥深さを与えていました。極論を言ってしまえば、オリバーの恐怖演出をすべて排除しても、純粋なサイコホラーとして成り立つレベルの人間ドラマです。
例えばウェンディも、分かりやすい悪役ではなく、場面によっては本当に慈愛に満ちた眼差しを向けてくれる善人です。かと思えば、いちいちパーソナルスペースが近かったり、笑えない不謹慎なギャグを言ったり、底が読めないキャラクター設定です。
この人は少し変わっているけれど、娘を亡くしたショックでこうなったのだから仕方ないと、同情しかけたところで、寝ているパイパーに行うあの鬼畜の所業。この瞬間の演出の切り取り方が滅茶苦茶に意地悪で、劇場で思わず「ヒッ」と声が漏れました。さらにタチが悪いのは、その行為に対して彼女がしっかりと罪悪感を抱いている事。根は善人なのに目的のために遂行せざるを得ないという葛藤と信念、これが物語の切なさを倍増させておりました。
目が見えないパイパーと、父親に虐待されていたアンディの人物設計も素晴らしい。二人の属性は単なる舞台装置ではなく、ドラマとして見事に機能しています。父親は実の息子を虐待するクズ人間ですが、目が見えないパイパーはそんな父親の罪が見えずに純粋な好意だけを向けてくれます。それゆえに父親は彼女の前でだけ「ちゃんとした父親」を演じられるため、パイパーを溺愛していました。その結果、クズとしての衝動はアンディを虐待することではけ口にしています。
一方のアンディもまた、汚れた自分を直接見れない義妹の存在に救われていました。血の繋がらない二人は、もしかしたら兄弟以上の感情があったのかもしれません。それほど兄として、男として、妹に寄り添い杖代わりとなります。あらゆる困難から彼女を守れるように、筋トレに勤しむ姿が実に印象的です。
そして彼の歯列矯正は、パイパーを光として暗い過去から未来に向けて、自分の人生を矯正させていこうとするメタファーに見えます。しかしその歯列矯正自体が、パイパーの手によってアンディの未来が閉ざされた事に気付く装置になるという、滅茶苦茶やるせなく切ない伏線になっていました。闇を抱えた人物全員が、この目の見えない少女を暗闇に灯る松明の如く、蛾のように群がりその身を焼かれるのです。
現世であがき苦しんだ先にある光
物理的に目が見えない妹、虐待の傷で未来が見えない兄、娘の死で現実が見えない女。このように本作は、盲目の三人が複雑に絡み合う悲しい物語でした。
だからこそ、光の輪郭とシルエットだけが見える弱視のパイパーが、兄の旅立ちの飛行機を見上げるラストシーンは、とてつもなく悲しく、そして美しかったです。グロofグロを経た最終地点に、これほど切ないラストを描くとは思わなかったし、凄惨な痛みの描写をこれでもかと浴びせ続けたからこそ、その痛みが引いた瞬間の静けさと美しさが、より一層心に深く刻まれました。
予告ではオリバーによる怪異が前面に押し出されていましたが、彼の怪奇や生き返りのカルト集団の下りなどは、個人的にはホラー映画というジャンルを固定するための舞台装置、マクガフィンでしか過ぎないという感想です。
確かに刺激的で面白い絵面は多いものの、ゴア表現自体は他のホラー作品でも既視感があります。なので、この世の者ではない悪魔的なオリバーの奇行よりも、寝ているパイパーの眼底を骨折させるウェンディの方が千倍怖いです。要するに僕にとってこの映画の真髄は、現世であがき苦しむ三人の人間臭さ、善悪の狭間で葛藤する心のグラデーション模様でした。
その過激な表現故に観る人を選ぶ映画だとは思いますが、人間の喪失と切なさという主眼で、是非見て欲しい作品です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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