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【映画レビュー】「開戦前夜」

映画

史実である総力戦研究所を描いた圧倒的リアリティ

  • 鑑賞日 2026/08/05
  • 公開年 2026
  • 監督 石井裕也
  • 脚本 石井裕也
  • キャスト 池松壮亮、仲野太賀、岩田剛典、中村蒼、三浦貴大、二階堂ふみ、杉田雷麟、北村有起哉、嶋田久作、中野英雄、渡辺いっけい、別所哲也、松田龍平、奥田瑛二、國村隼、佐藤隆太、江口洋介、佐藤浩市、笠原秀幸
  • あらすじ 1941(昭和16)年4月、真珠湾攻撃の8カ月前。官僚・軍・民間から選りすぐられた若きエリートたちが、内閣総理大臣の直轄機関「総力戦研究所」に招集された。彼らに与えられた任務は、“模擬内閣”を結成して日米が開戦した場合の戦局をシミュレーションし、その結果を内閣に報告すること。宇治田をはじめとするメンバーたちは、国家機密レベルのデータを駆使した激烈な議論の末、「日本必敗」という衝撃的な結論にたどり着く。しかしエリートたちが導き出した敗北の予測は、時代が放つ得体の知れない空気にのみこまれていく。
  • ジャンル 日本映画,ドラマ,歴史,サスペンス,考えさせられる
  • 鑑賞媒体 映画館
  • お気に入り ◎(×、△、〇、◎の四段階)

感想

レイトショーが21:20と遅い時間だった為、近くのワインバルで食事がてら一杯だけ呑もうとしたのですが、あまりのお食事とワインの美味しさに、呑みすぎてしまいました(汗)なので正直な所、会話劇がメインのこの作品は、途中で寝てしまうのではないかと心配していたのですが、杞憂も杞憂!開始一分から猛烈に惹きつけられ、最後まで一度も飽きることなく夢中で鑑賞しました。

反戦映画に対して不謹慎で不遜だと思うのですが、しっかり一級品のエンターテインメントだったのです。

史実が持つ圧倒的なリアリティ

まず観終わってすぐ調べたのは、この若き天才達が集められた「総力戦研究所」という存在がフィクションなのか、史実なのかということでした。正直映画用に作られたなろう系というか、「Ifもの」かと思っていたのですが、まさかの史実!自分の無知さ加減を反省すると共に、あれだけ明確な数字を出して尚、開戦に突き進んだ当時の空気に戦慄します。

それはイコール令和の現在でも驚くほど符号一致する箇所が多く、ある意味で神がかったタイミングでの公開だと驚愕しました。この設定がフィクションあれば、ただの思考実験としてエンタメの範囲で消費されて終わるところを、史実が故に圧倒的なリアリティとなって襲いかかる。本当に今日この日、心から観て良かったと思える映画でした。

エンターテインメントとして描く反戦映画の新機軸

去年公開された、南部戦線の最前線を描いたアニメ映画「ペリリュー 楽園のゲルニカ」に対して、今年は彼らを最前線に送り込んだ政府上層部の話というのが、対比として実に興味深いです。前者はアニメ作品として、反戦映画の間口を広げてくれたのに対し、今作は不謹慎ですが、ポリティカルサスペンスとして一級品のヒリヒリ感を味わえます。

通常の教科書的な反戦映画は、学校の道徳の授業で強制的に観賞する以外に、わざわざ映画館にお金払ってまで観に来るコンテンツとして、とてもハードルが高いです。そんな層に向けて、まず「映画として抜群に面白い事」を最優先にし、豪華俳優陣を起用して、少しでも幅広く若い世代に戦争のなんたるか、を観て貰う窓口とする。この工夫は本当に素晴らしい事だと思います。

まもなく公開される「あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。」でも同様のターゲティングをしてますよね。まず知る事、そしてそこから興味を持ち深掘りしていく。その第一段階の入り口として、滅茶苦茶役立ってる作品群だと思います。人は知らないと同じ過ちを繰り返すので、この作風は今後も是非続けて欲しいです。戦争を綺麗ごとで描きすぎ、というご批判もごもっともだと思いますので、もちろん次の段階としては興行収入に左右されない、しっかりとした骨太の反戦映画も引き続き制作して欲しいと思います。

ただ惜しむらくは現在の公開作品達。「トイ・ストーリー5」「映画ちいかわ 人魚の島のひみつ」「キングダム 魂の決戦」「実写映画 モアナと伝説の海」「スパイダーマン ブランド・ニュー・デイ」「映画クレヨンしんちゃん 奇々怪々!オラの妖怪バケ~ション」と、近年稀に見るとてつもない布陣です(汗)

僕は観たいものが被ったら両方観る!位は映画好きの部類に入るので問題ないのですが、年に一回だけ映画を観る、という層があえて「開戦前夜」を選ぶのはなかなかに厳しいのではないでしょうか。ただでさえ最近は、一週目の人気がないと速攻上映回数が削られるので、これだけ気合の入った邦画が観られないのは悲しすぎます。出来るだけ多くの日本人に観て欲しい作品です。

白黒から総天然色へ切り替わる圧倒的な映像効果

演出面でいうと、冒頭、昭和の東京が白黒映像から始まります。記録映像でよく見る光景ですね。天皇陛下の玉音放送や、学徒出陣の見送りで旗を振る人々。人体の動きが早送りで流され、「あーかいーりんごーにー、くちびーるよーせてー」と歌謡曲が流れる戦前戦後のモノクロ風景。戦争体験者が身内からどんどんいなくなっている昨今、それらのモノクロ映像はどうしても「歴史上の記録フィルム」として、自分とは遠い世界の出来事として受け取ってしまいます。

それが突然一気にカラー化するのです。まさに「総天然色」。それはイコール、これから始まる物語は、お前と地続きの物語だ。決して遠い世界で起きた事ではなく、お前のおじいちゃんおばあちゃん、曾祖父母、が体験した実際の物語なんだぞ、と突き付けてくるのです。この演出は本編に二回使われますが、どちらも見事に効果的で本当に素晴らしかったです。

その総天然色には「赤紙」も残酷に鮮やかに映ります。当時の人が、封筒を開けた時に目に入るその「赤色」はどれほどの衝撃だった事でしょう。これはモノクロでは描けない、カラーならではのとてつもない効果でした。

NHKの「映像の世紀」でも、ホロコーストなどをカラー彩色した映像が作られましたが、やはりモノクロと違い、画面一杯に映る肌色の生々しさは今でも脳裏から焼き付いて離れません。かように、白黒→カラーという演出は、僕らの脳みそを戦前昭和の地面に着地させる、絶大な効果を持っておりました。

また、度々登場する時計の短針が現在の月を表しており、開戦想定である12月に向けて、どんどん短針が12時に近づいていく、その文字通りのタイムリミットが、刻々とした演出として秀逸でした。

「どうしてこうなった?」歴史の複雑な糸と二元論の罠

今作を観た上で誰もが抱く感想は、昔2ちゃんねるやニコ動でネットミームとなった、「どうしてこうなった?」ではないでしょうか。

日本中の叡智を集めた最強天才軍団が、明確な数字とソースを提示し、事細かなシュミレーションをした上で「日本必敗」と答えをだしたのに、甚大な死傷者を出す日米開戦に振り切った。まさに「どうしてこうなった?」です。

ではその戦犯は誰なのか。昭和天皇なのか、東條英機なのか、陸軍なのか、新聞社なのか、アメリカか、イギリスか、ソ連か、戊辰戦争から続く薩長の遺恨か、あるいは日本国民が作り上げた空気そのものなのか。劇中で宇治田が叫ぶ「カイブツはどこに隠れているんですか!」の通り、それは誰にもわからない。複雑に絡みまくった歴史の糸が重層に重複を重ね選んでしまった未来です。

こいつが悪かったせいだ!と単純化できるものでもなく、だし、単純化してしまうと目先の犯人探しで終わってしまい、それは同じ過ちを繰り返してしまう。日米開戦によって生じた膨大な数の戦死者の方々はあってはならない歴史の事実だし、一方で、東條英機が叫ぶ「日本がアメリカの隷属になればどうなる!?」というのもまた一つの事実。

敗戦を経て、現在の日本がアメリカの属国なのかどうかは様々な見識があると思いますが、今日僕が飢える事無く日々を幸せに過ごせているのは、敗戦を経た結果だからかもしれないし、でも、開戦していなければもっと裕福な国だったかもしれないし、逆に、今より激烈な植民地になっていたかもしれない。

「でも」、「もし」、歴史はIFだらけで、誰か一人を悪人に仕立て上げれば解決するものでもありません。この映画はそのグラデーションを見事に両陣営に描いております。総力戦研究所の面々にも言い分はありますし、軍上層部にも言い分はあるのです。

印象的だったのは、終始データを元にロジカルな研究をしていた宇治田が、感極まって「被害軽微と言いますが、その船に乗っている犠牲者の数は数えているのですか!」と感情論を叫んでしまうシーンです。一見ヒューマニズムに溢れたヒロイックな発言に聞こえますが、それは彼自身が最も否定している、「戦争は机上の数字だけではない、気持ちで戦うもんだ」という軍部の言と全く同じです。それはとてつもない皮肉で、どちらか片方をわかりやすい悪いものに仕立て上げる二元論にしていないのは、ものすごい脚本だな、と思いました。

劇中の葛藤に滲む皮肉と現代へのメッセージ

そもそもが、学校で習う日米開戦の原因として「軍部の暴走」というテンプレの一言で片付けられます。もちろんそれが最大の要因だとは思うのですが、明治維新という、世界でも類をみない激烈な近代化を経た日本人という民族が、「軍部の暴走」という簡単な一言で片付けられる訳がないのです。

そこには理知的な話合いが当然あったでしょうし、僕らがイメージする「開戦じゃ、開戦じゃー!アジア諸国を欧米列強から解放するのだー!突撃ぃぃー!」みたいな思慮の浅い野蛮人だけの集まりではなかったのだと、当然にして思います。個人ではどうしようもないあらゆる思惑が交差していたという事象が、ほんの一端でもこの映画で感じ取れたのが良かったです。

悪人がいて、「そいつが全部悪くてあの戦争が起きたんだ」で思考停止してしまうと、簡単に外圧に思考操作されてしまうし、分断されてしまいます。新聞しかなかった当時の日本でさえそうだったのですから、SNSが氾濫する現在においては尚更そうでしょう。そんな中で今作のような「複雑に絡み合った様々な思惑のグラデーションで開戦してしまった」という描き方は、分断が激しい今だからこそ、「ちょっと立ち止まって両方の意見を俯瞰して見てみようぜ」と伝えてくれる至極重要なテーマだと思いました。

実力派キャストが見せる迫真の熱演

キャスト陣に関しては、「ラーゲリより愛を込めて」でもそうでしたが、佐藤隆太さん、またパワハラ軍人役(笑)ルーキーズではあんなに熱血爽やかコーチだったのに、最近の役柄はすごく面白いですね。どちらも最終的には人間味あふれる着地点だったのとても良かったです。

また、軍人役といえば絶対に外せない國村隼さん。もう軍人役が板に付きすぎて、「実写版 進撃の巨人」でも将校役を任される始末(笑)

役者さん皆、扱っているテーマの重さのせいか、熱が入っていて魂がこもっている素晴らしい演技でした。佐藤浩市さんには、スタッフロール出るまで気付きませんでしたよ。

結末を知る僕達に押し寄せる、切ないプロット

パリに咲くエトワール」でもそうでしたが、日本の敗戦が確定している上で描かれる人間ドラマは本当にズルい。歴史上初めて人類が経験する壮絶な地獄が結末として待ち構えている状態で、劇中の若い人達がその未来を知らず精一杯生きているお話は本当に切なくて辛いです。

パリに咲く〜は一応架空の人物でしたが、今作は実際に歴史上存在した出来事です。彼らが超優秀で、あらゆる研究をもって開戦を避けようと奮闘すればするほど、観客の僕らはもうその先の地獄を避けて通れない事を知っている。「アルキメデスの大戦」も同様でしたが、彼らが頑張れば頑張るほど、待ち受ける残酷な事実に、僕らは切なく悲しくなる、という超意地悪で超秀逸なプロットです。

陸・海軍の予算の奪い合いや仮想敵国の相違などで対立していたのは周知の事実ですが、総力戦研究所の若き陸海軍のエース二人は、その柔軟な脳みそをもって絆を深め合っていたのが激アツでした。日本を憂う若き頭脳達がかつての日本にいた事を誇りに思うし、重複しますが知らなかった自分を恥じるばかりです。

語り継がれるべき傑作の重み

説教臭い反戦映画にせず、ヒリヒリしたポリティカルサスペンスとして一級品に作り上げた素晴らしい大傑作!

現在の自分の思考は、世間の空気に流されてはいないか?政府が行っている政策の数々は、危険な内容ではないか?など、自分の立ち位置を考えさせてくれる、8月に観るべき超オススメの映画でした!


イラストのタイムラプスです↓

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